論文賞・ベストオーサー賞 2024年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

IMT-DE型数値不定積分を用いた常微分方程式初期値問題の数値解法 (日本応用数学会論文誌 2023 年 33 巻 2 号 pp. 36-65. リンク

[著者]

緒方 秀教

[受賞理由]

常微分方程式の初期値問題の求解は数値解析における最も基本的な問題の一つであり,計算機の揺籃時代から現在に至るまで,様々な側面から研究が行われてきた.その中で,近年注目を集めている分野の一つとして,時間方向の格子点数に対して大域的誤差が指数関数的に減少する超高精度数値解法がある.これを実現する方法として,微分方程式を積分方程式に変換し,高精度な数値不定積分公式と補間公式を用いて解を求める方法がある.これは,我が国で活発に研究されている二重指数(DE)型変数変換やSinc関数近似が威力を発揮する領域であり,これまでに, NurmuhammadらによるSinc-Nyström法,岡山によるDE型変換とSinc選点法を組み合わせた解法などの手法が開発されてきた.しかし,これらの解法は,収束性は極めて高いものの,メッシュ幅と無限和の打切り項数という2つのパラメータをユーザが設定する必要があること,解法によっては正弦積分などの特殊関数を必要とすることから,非専門家が使うにはやや敷居が高いものであった. これに対して本論文では,DE型変換の代わりにIMT-DE型変換と呼ばれる変数変換を用いた解法を提案している.IMT-DE型変換では変数変換後の区間が有限区間となり,近似公式が有限和となる.そのため,無限和の打切りを考える必要がなく,設定すべきパラメータはメッシュ幅のみとなる.また,正弦積分は不要で,数値不定積分で用いる関数は初等関数のみとなる.これにより,解法の使いやすさが大幅に向上している.また,提案手法では積分方程式の解法としてPicardの逐次近似法を採用しており,各反復において全格子点での値を並列に計算できる.これは,最近注目されている時間方向並列法の一種となっており,大規模並列化に適する.さらに本論文では,近似解の精度とPicard逐次近似法の収束性に関する詳細な理論的解析,Gauss-Seidel法のアイディアを援用した逐次近似の加速,振動解を持つ方程式など多様な例題に対する性能評価,各種の数値解法との比較を行っており,本手法を実際に使おうとする読者に対して,多くの有益な情報を提供している. 以上より,本論文は常微分方程式の数値解法分野に多大な貢献があり,論文賞(理論部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

実用部門

[論文]

時系列データを解析するためのベイジアンネットワークの活用法に関する研究 (日本応用数学会論文誌 2021 年 31 巻 2 号 pp. 76-104. リンク

[著者]

目良 貢, 中村 優佑, 吉田 敏宏, 清水 圭吾, 菅原 翔, 福永 雅喜, 定藤 規弘, 農沢 隆秀

[受賞理由]

本論文は,時系列データから複雑現象のメカニズムの解明に向けた知的発見の促進を目的として,ベイジアンネットワークを活用し,時系列データの持つ多変数間の関係性を構造的に分析・可視化する手法を提案するものである.人工的な単純モデルに加えて,工学分野(自動車周りの空気の流れ)および脳科学分野(ヒトの脳活動)の実データに対して提案手法を適用することで,工学的な視点に基づき提案法の有効性が検証されている.  ベイジアンネットワークは各変数(ノード)間の依存関係(エッジ)をベイズ理論に基づき条件付き確率と共に有向非巡回グラフの形で構造化する確率的グラフィカルモデルの一つであり,依存関係に基づく知識発見支援に用いられる.一方で,基本的には離散変数を分析対象としており,本論文で対象とする連続的な時系列データに対して直接的には適用することができない. これに対して,提案手法は,時系列データをベイジアンネットワークが適用可能なカテゴリデータへと変換する「プリ処理」および得られた構造から特定の変数に係る依存関係の構造のみを部分抽出する「ポスト処理」を組み合わせることで,時系列データに対するベイジアンネットワークの適用を可能としている. 開発領域の工学分野および脳科学分野の複数の異なる実データに対する実験結果から,提案手法により変数間に潜む時間的依存関係を発見的に解析可能であることが示されている.これにより,従来のベイジアンネットワークのみでは困難であった時間的依存関係に関する知識発見が支援可能となり,分析者のドメイン知識が部分的には必要であるという課題は残るものの,時系列データをより深く理解してメカニズム解明を加速させる得るデータ分析プロセスを実現できることが示された.提案手法は,技術的な新規性・有用性だけでなく,今後の拡張可能性も併せて実用的な価値が高い点が評価できる.  以上の理由により,論文賞(実用部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

JSIAM Letters部門

[論文]

Numerical computation for magnetic Hele-Shaw problem using the method of fundamental solutions (JSIAM Letters 2023 年 15 巻 p. 29-32. リンク

[著者]

Yusaku Shimoji, Shigetoshi Yazaki

[受賞理由]

本論文は、セル間隔が時間的に変化するHele-Shawセルにおける磁性流体の数理モデルに対して、基本解近似解法(MFS)を利用した数値計算によりMiranda-Oliveiraが示唆した磁場の影響による界面の不安定化の抑制が生じうることを検証している。Hele-Shaw問題に対するMFSの利用そのものは既存研究があるが、本論文ではセル間隔が時間依存する系に適用して高精度な体積保存を達成し、さらに線形化した問題との比較に基づく不安定化の指標を与えて議論している。得られた成果は界面形状の不安定化に磁場が及ぼす影響の理解と制御に向けた重要な一歩であり、今後の研究により理論的な解析および数値スキームの妥当性が示されることを期待する。以上より、本論文は日本応用数理学会論文賞 (JSIAM Letters 部門) の受賞に相応しいと判断する。

JSIAM Letters部門

[論文]

An improvement of algorithms to solve under-defined systems of multivariate quadratic equations (JSIAM Letters 2023 年 15 巻 p. 53-56. リンク

[著者]

Yasufumi Hashimoto

[受賞理由]

本論文は、有限体上の多変数多項式の求解問題(MQ問題)、特に変数の個数が方程式の本数より多い劣決定系における求解アルゴリズムを提案している。劣決定系の場合、従来手法は方程式の本数に比べて変数の個数が十分大きいことを要求するが、本論文はこの要求を従来手法よりも緩和したアルゴリズムを提案した。また、MQ問題の求解困難性を利用したUnbalanced Oil-Vinegar 署名方式の一種であるMAYOの安全性評価に提案手法を適用し、従来手法よりも安全性が低下することを示している。ポスト量子暗号の候補の一つである多変数多項式暗号の安全性評価への応用とさらなる発展が期待できる。以上より、本論文は日本応用数理学会論文賞 (JSIAM Letters 部門) の受賞にふさわしいと判断する。

JJIAM部門

[論文]

Monte Carlo simulation of SDEs using GANs (Japan J. Indust. Appl. Math. 40, 1359–1390 (2023). リンク

[著者]

Jorino van Rhijn, Cornelis W. Oosterlee, Lech A. Grzelak, Shuaiqiang Liu

[受賞理由]

生成系ニューラル・ネットワーク(NN)であるGANs(Generative adversarial networks)を確率微分方程式(SDE)の数値計算に適用しようという意欲的な研究である。経路依存型条件付き分布をGANsにより生成することで、SDEの経路を近似するスキームを、深層学習に基づいて提案している。さらに、従来のGANsの難点を改善するsupervised GANsを導入し、SDEの強い解の近似に用いている。この構成法を、幾何ブラウン運動(GBM)およびCox–Ingersoll–Ross (CIR)過程に対して検査し、その有効性を確認している。機械学習モデルを微分方程式の数値計算に用いるという研究は盛んになってきているが、この論文で扱われる”改善されたGANs”は、その中で重要な手法となり得ることが確かに期待できる。今後の引用も多くなることが想定される完成度の高い論文となっている。以上の点から、本論文は論文賞JJIAM部門の受賞にふさわしいと判断した。

JJIAM部門

[論文]

Hybridizable discontinuous Galerkin methods for second-order elliptic problems: overview, a new result and open problems (Japan J. Indust. Appl. Math. 40, 1637–1676 (2023). リンク

[著者]

Bernardo Cockburn

[受賞理由]

Discontinuous Gelerkin methodは有限要素の面と面の間に不連続性を許容するもので、通常の有限要素法よりも柔軟な計算や精度を高めることが(適当な条件の下で)可能になるとして、近年盛んに研究されている。線形楕円型PDEに対して、数値解が超収束する(精度的に得をする)ようなスキームを構成するために、著者が考案したM分解の理論に基づいて、ハイブリッド型不連続Galerkin(HDG)法とハイブリッド型混合(HM)法をサーベイしている。サーベイとはいうものの、新しい視点も提案している。たとえば、HDGとHMが、ある条件下で同値になるという結果はここで初めて述べられたことのようである。また、今後研究すべき多くのOpen Problemsが述べられており、この方面の研究者にとって多くの有益な情報を与えてくれる。また、FEMの数学理論の黎明期の話も含まれており、JJIAMの読者には興味深いものと思う。以上の点から、本論文は論文賞JJIAM部門の受賞にふさわしいと判断した。

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

格子や細胞の形状を保存する空間離散モデルの連続化法と応用 (応用数理33巻2号(2023), pp. 72--82. リンク

[著者]

田中 吉太郎・八杉 徹雄

[受賞理由]

時空間ダイナミクスを記述する数理モデルにおいて,時間と空間という独立変数の取り扱いには自由度があり,現象に応じて適切に選ぶ必要がある.生命科学では特に,ミクロでもマクロでもない絶妙な階層に位置する細胞のレベルにおいて,無視できない不均一なダイナミクスがあるために,空間連続的な数理モデリングがうまく働かないことが多い.本論文は,固定された細胞配置を離散的な空間変数で記述した数理モデルから始まる.この空間離散的なモデルは幅広い適用範囲がある一方,数学的・理論的解析をする際には困難なことも多い.さらに,この細胞配置に起因する離散的空間変数とは関係のない未知変数(例えば細胞外を通常拡散する物質の濃度など)があり,相互作用を生じる場合には,異なる空間の取り扱いを共存させる必要がある.これらの問題を解決するために,著者らは,空間離散的なモデルの連続化法を提案している.この提案手法では,様々な細胞間・空間相互作用を含むことができる.いくつかの相互作用を例示した上で,一般形での連続化の過程が極めて明快に解説され,最終的には合成積を含む非局所発展方程式の枠組みが導出されている.この導出された連続モデルの解について,特異極限解析によってある意味で元の離散モデルの解を近似することも解説され,数値計算による解の比較も示されている.その後,著者らの共同研究における実際の応用が分かりやすく紹介されている.実験と数理の両面からのアプローチが有効に働いた好例であり,結果的に本論文の数理モデル連続化のデモンストレーションとしての価値も極めて高い.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)に相応しいものと判断した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

物流センターの保管配置割り当ての最適化システム (応用数理33巻3号(2023), pp.141--145. リンク

[著者]

森國 洋平・荒井 恭佑・谷口 真・河村 芳海

[受賞理由]

物流センターでは製品を必要なときに必要量を出荷できるような保管管理と出荷機能が求められ、そのための効率的な作業の研究が行われている。特に、製品保管管理業務の作業コストのうち、約半数が製品のピッキング作業であると言われているため、この作業をいかに効率化するかは物流センターにとって重要な課題である。本稿では、物流センターで最も一般的に採用されている方式である、作業者が物品の保管位置まで移動する形態のピッキング作業の作業効率を向上させる物品の配置手法の提案と、それを実際の物流センターに適応した結果を解説している。提案手法のアイデアは物流センターに保管されている物品の配置の割り当てを最適化問題として定式化し、それを解くことで作業者の移動距離を短縮するというものである。この方針によると、最適化問題は保管配置の割り当て問題と巡回セールスマン問題を解く必要がある複合問題となる。しかしながら、最適化問題の規模が大きくなることから厳密な最適解を現実的な時間で求めることが非常に難しい。本研究では、局所手探索法を用いることに加えて、作業者に渡される物品のオーダーの出現確率を過去のデータから推定することで、うまく計算量を減らし、現実的な時間で計算を終えることに成功した。また、結果を実際の物流センターに適応し、既存手法よりも作業者の移動距離が小さくなるような物品配置を得た。本稿は数学を応用することで、産業における具体的な課題を解決していく流れが明晰に書かれている。このことから、ベストオーサー賞選考委員会は、本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいと評価した。