論文賞・ベストオーサー賞 2025年度
(著者の所属は論文発表時のもの)
論文賞 | |
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理論部門 |
[論文] 指数減衰する関数に対する全周波数領域におけるフーリエ変換の高精度近似公式(日本応用数学会論文誌 2022 年 32 巻 2 号 pp. 75-100. リンク) [著者] 高倉 直哉, 田中 健一郎 [授賞理由] 本論文は、フーリエ変換の数値計算法を論じたものである。これは振動型積分であり高精度な近似が難しく、既存研究では精度良く計算できる周波数領域が限定されていた。この困難を回避するために、既存研究で採用されていたフーリエ基底を、無限遠方で減衰するSinc関数基底に取り替えることを提案しているのが本論文で本質的であり、それにより任意の周波数領域で高精度な近似公式を実現している。またその近似公式に対し厳密な理論誤差評価を与え、それに基づき、適切な標本点の配置方法も併せて提案している。以上、本論文は明確なアイデアに基づき手法を改良したものであり、理論的、および応用上の重要性が非常に高い。そのため、本論文は論文賞(理論部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った。 |
応用部門 |
[論文] 免疫と再感染を考慮した感染症流行モデルにおける後退分岐(日本応用数学会論文誌 2024 年 34 巻 2 号 pp. 33-52. リンク) [著者] 徳野 大智, 國谷 紀良 [授賞理由] 近年のCovid-19の世界的大流行を受けて、感染症の数理モデルの研究が盛んになったことは記憶に新しい。感染症モデルにおいて感染拡大の指標とされるパラメータである基本再生産数R₀について、SIRモデルのような古典的モデルでは「R₀< 1」が感染者ゼロの状態が安定となるのに対して、免疫獲得可能性や免疫持続性が低く再感染が起こりうる場合などには、「後退分岐」と呼ばれる、「R₀ < 1」であるにも関わらずモデルのパラメータ条件によっては感染が持続する定常状態が存在することが知られている。 本論文では、ワクチン接種と自然感染による免疫獲得人口を区別したうえで、感受性人口・感染人口・回復人口の時間発展に関する偏微分方程式系モデルを考え、免疫の減衰を考慮しない場合とした場合のそれぞれについて、後退分岐により感染症が恒常的に存在しうる状態が存在する十分条件を、ワクチン接種者と自然感染者それぞれの再感染強度パラメータに関する不等式条件として数学的に導出している。 さらに、ワクチン接種や免疫効果に関するパラメータを変化させた数値実験を用いて後退分岐が発生する状況を可視化している。その中で免疫減衰を考慮しない場合、ワクチン接種率に関するパラメータが増加するにつれて後退分岐が起こるパラメータ領域が広くなるという興味深い結果を得ている。また、免疫減衰を考慮する場合は後退分岐の可能性は低いとしつつも「R₀ > 1」に近いところで後退分岐とは異なる複雑な分岐が生じる可能性があり、「R₀ = 1」における分岐のみを議論をすることは感染症対策のうえで適切ではないという示唆を与えている。 以上、本研究は感染症の拡大防止のためのワクチン政策評価といった応用面に高い貢献が期待される。また、感染症モデルにはまだ考慮されていない重要な要素も多々あり、より発展的なモデルの解析のためには応用数理の様々な分野の知見が必要になると考えられる。本研究はそうした将来的展望を見据えた先駆的な取り組みであり、応用数理と感染症モデリングとの融合領域の新しい地平を開いた研究とも評価できる。以上の点を踏まえ、本論文は論文賞(応用部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った。 |
JSIAM Letters部門 |
[論文] Application of Quantum Monte Carlo Integration to Markovian Backward Stochastic Differential Equations (JJSIAM Letters 2024 年 16 巻 p. 105-108. リンク) [著者] Masato Fujita, Koichi Miyamoto, Jun Sekine [授賞理由] 本論文は、マルコフ型後退確率微分方程式(BSDE)を解くための新しい数値解法として量子アルゴリズムQuantum Least-Square Monte Carlo methodを提案し、計算コストと精度を評価している。BSDEに対する従来手法としてよく知られる最小二乗モンテカルロ法を量子コンピューティングの枠組に拡張することで、計算効率の向上を図っている。本提案手法は、数理ファイナンスをはじめとしてさまざまな分野への応用展開が期待される。近年進歩が目覚ましく実用化が現実味を帯びつつある量子コンピュータの能力を十分に発揮するアルゴリズムとして新規性と高い発展性を有していると考えられる。以上より、本論文は日本応用数理学会論文賞 (JSIAM Letters 部門) の受賞にふさわしいと判断する。 |
JJIAM部門 |
[論文] Note on the polyhedral description of the Minkowski sum of two L-convex sets, Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics (Japan J. Indust. Appl. Math. 40, 223–263 (2023). リンク) [著者] Satoko Moriguchi and Kazuo Murota [授賞理由] L-凸集合は,離散凸解析における基本的構造の一つである.L-凸集合の凸包はbox-TDI多面体(任意のボックス型制約を追加した線形最適化問題の双対が整数最適解をもつ多面体)であることは知られていたが,L-凸集合のMinkowski和(L²-凸集合)の凸包がこの性質を有しているかはこれまで不明であった.本論文は,L²-凸集合の凸包もbox-TDI多面体であることを,2つの異なる証明方法(離散凸解析に基づく構造的証明とFourier–Motzkin消去法による代数的証明)を通じて初めて明らかにし,さらに他の離散凸集合との関係性を論じることで,離散凸解析の体系化に資する集合間の構造的整理を提供している.特に2つ目の証明方法による明示的な不等式表現の導出はアルゴリズムの設計にも有効であり,これまで曖昧であったL²-凸集合の性質に対する理解を理論と実用の両面で大きく進展させることが期待される.このように,本論文は,離散数理ならびに最適化理論の発展に重要な貢献をなしていることから,論文賞JJIAM部門の受賞にふさわしいと判断した。 |
ベストオーサー賞 | |
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論文部門 |
[論文] 細胞集団のメカノ・ケミカルパターン形成 (応用数理34巻4号(2024), pp. 340--349. リンク) [著者] 平島 剛志 [授賞理由] 生命の基本単位である細胞は,集団で秩序を形成し,生命システムを構成する.多体の相互作用系のなかでも,細胞集団の自己組織化は特に多様な要素の連成の帰結である.本論文では細胞間の力学的相互作用と細胞内化学状態のカップリングを含むメカノ・ケミカルモデルを扱っている.MDCK細胞集団におけるERK活性の伝播現象の解説から始まり,パターン形成機構の仮説を立てて数理モデルを構築する流れが簡明に,かつ初学者や分野外の研究者にもわかりやすくまとめられている.数理モデルの解析を行い,メカノ・ケミカルカップリングのフィードバック強度や時間スケールとパターン形成の関係を推測している.以上に基づき,数値シミュレーションにより実験パターンを再現している.重要なことに,著者らの実験と理論の融合的研究によって,機械的振動の伝播の分子実体の候補を得て,これを操作した実験が可能になった.そこから数学理論と生命科学実験のシナジーが功を奏し,この研究が深化したのは間違いない.最後に,研究の背景として,研究分野や研究組織についても紹介しているが,これも非常に貴重であり,これからの分野横断的でインパクトのある応用数理研究に貢献するものである.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)に相応しいものと判断した. |
インダストリアルマテリアルズ部門 |
[論文] エネルギーマネジメントと数理最適化―二次計画から不確実性まで― (応用数理 34 巻 2号(2024), pp. 129 - 134. リンク)) [著者] 豊嶋 伊知郎, ポアリオン ピエールルイ, 山嵜 朋秀, 矢口 航太, 久保田 雅之, 水谷 遼太, 武田 朗子 [授賞理由] 本論文では,不確実性を扱う最適化技術(確率計画,確率動的計画,ロバスト最適化)のエネルギーマネジメント分野での変遷を簡潔に概観するとともに,発電機の起動停止計画問題への最新の応用を示している.特に,発電抑制指示変数に依存し変化する不確実性集合を導入することで,太陽光発電の不確実性を考慮したモデル Renewable Energy for Robust optimization Problem (RE-RP) を提案している.さらに,ロバスト最適化の研究方法論として「避けることができるようになった事象の評価」の必要性を指摘し,実際に発電機の計画外追加起動をRE-RP により回避できたシミュレーション事例に言及している.運用上望ましくない発電機の計画外起動停止の回避は電力会社の発電計画改善に寄与するであろう.ベストオーサー賞選考委員会は,本論文において以下の点を高く評価した.1. 太陽光発電の特性を反映した提案手法の理論的独自性,2. ロバスト最適化研究における回避可能事象の評価という視点の提示,3. 発電機オペレーションの効率化と持続可能な社会に寄与する工業的応用価値の高さ.よって,本論文は日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいと判断した. |