論文賞・ベストオーサー賞 2026年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
応用部門

[論文]

二重指数関数型数値積分公式に基づく行列符号関数計算法の改良と性能評価(日本応用数学会論文誌 2024 年 34 巻 3 号 pp. 66-97. リンク

[著者]

宮下 朋也, 工藤 周平, 山本 有作

[授賞理由]

行列符号関数は,線形計算における基本的な行列関数の一つであり,代数リッカチ方程式,固有値問題,偏微分方程式の数値解法など,広範な応用数理計算の基盤をなしている。一方,積分表示に基づく既存の数値計算法は,高精度計算が可能である反面,誤差評価の保守性,パラメータ設定の難しさ,大規模並列計算環境における性能最適化など,実用上いくつかの本質的課題を抱えていた。本論文は,二重指数型数値積分公式に基づく行列符号関数の計算法に対し,まず対角化可能な行列に対する新たな誤差上界を導出することで,従来理論における評価を大幅に改善し,収束性をより精密に評価可能とした。さらに,スケーリングによる収束改善,被積分関数の変形による数値安定性の向上など,理論解析に裏付けられた複数の改良を統合することで,既存手法の抱えていた精度,安定性,および実装効率の問題を体系的に解決している。加えて,本論文では,提案手法を大規模並列計算環境に実装し,実機を用いた性能評価を通じて,理論的改良が実際の計算性能向上に直結することを具体的に示している。これは,数値解析における理論,アルゴリズム設計,および高性能計算の三者を有機的に結びつけた成果であり,行列関数計算の実用的高度化に重要な貢献をなすものである。提案手法は,今後,大規模科学技術計算や制御,最適化分野における基盤計算技術として広く展開されることが期待される。以上の理由により,本論文は日本応用数理学会論文賞に相応しいものと判断する。

実用部門

[論文]

二重周期境界条件を持つハミルトン流の流線トポロジカルデータ解析の数値計算アルゴリズム(日本応用数学会論文誌 2025 年 35 巻 3 号 pp. 57-93. リンク

[著者]

坂本 啓法, 長井 稔, 尾島 良司, 中邨 博之, 坂上 貴之, 横山 知郎, 宇田 智紀

[授賞理由]

本論文は,流体パターンの接続関係を木構造である部分円順序根付き木(COT)として記述する流線トポロジカルデータ解析(TFD解析)を,二重周期境界条件をもつハミルトン流へと拡張し,そのための実用的な数値計算アルゴリズムを与えたものである。トーラス上のレーブグラフに現れるループ構造を扱うため,Union-Findを拡張したデータ構造を用いて切断に必要な本質的周期軌道を自動的に特定し,トーラスを適切に切断して木構造として解析する手法を構成している点に独創性がある。本手法により,従来の渦度や経験的しきい値に大きく依存する渦抽出とは異なり,流線の接続関係というトポロジカルな情報に基づいて,コヒーレントな渦構造を体系的に抽出することが可能となった。さらに本論文は,既存の数学的分類理論を単に引用・適用するにとどまらず,Union-Find,トーラスの切断,レーブグラフの構成,COT表現への変換という一連の手順を計算可能なアルゴリズムとして具体化し,実装したソフトウェアを二次元乱流データに適用して有効性を示している。以上のように,本論文は,流線トポロジーの数学的分類理論を実データ解析に利用可能な計算手法へと発展させた,理論・アルゴリズム・応用の三者を高い水準で結びつける産学連携の優れた成果である。日本応用数理学会論文賞(実用部門)にふさわしい論文として強く推薦する。

JSIAM Letters部門

[論文]

A discrete variational derivative method for Cahn-Hilliard equation with high-order spatial accuracy(JSIAM Letters 2025 年 17 巻 p. 41-44. リンク

[著者]

Kota Umezu, Shun Sato, Takayasu Matsuo

[授賞理由]

本論文は,Cahn–Hilliard 方程式に対する離散変分法(discrete variational derivative method; DVDM)において,空間高次精度化の実現に取り組んだ研究である.著者らは,境界条件を適切に取り込むために SBP(summation-by-parts)作用素を導入し,さらに射影法と組み合わせることで,高次精度化と構造保存性,とりわけエネルギー散逸構造の厳密な保持を両立させる手法を提案している.提案手法は,高次の空間近似を可能としつつ,DVDM の安定性の根幹をなす性質を損なわない点に大きな意義がある.また,数値実験により高次の収束性が明確に示され,提案手法の妥当性・有効性が定量的かつ視覚的に裏付けられている.さらに,本論文で提示された枠組みは,他の構造保存型数値スキームや関連方程式への拡張も期待でき,数値解析分野における重要課題に対して新規性と発展性を備えた成果である.以上の理由により,本論文は論文賞に相応しいものと判断される.

JJIAM部門

[論文]

Convergence error analysis of reflected gradient Langevin dynamics for non-convex constrained optimization(Japan J. Indust. Appl. Math. 42, 127–151 (2025). リンク

[著者]

K. Sato, A. Takeda, R. Kawai, and T. Suzuki

[授賞理由]

勾配ランジュバンダイナミクスは、勾配情報を加味したランダムウォークにより関数の最適化を行う手法であり、大域最適解を探索できるという利点を保ちつつ探索を加速できることから、機械学習など、多峰性関数の最適化が必要な各分野で有力な手法となっている。本論文では、非凸な領域上での非凸関数の最適化という最も一般的な設定の問題に対し、反射型勾配ランジュバンダイナミクスという効率的な手法を提案している。これは、反復解が実行可能領域の外に出たときに、境界への射影により解を領域内に留めるのではなく、解を反射させて領域の内部へと引き戻す手法で、これにより、従来法に比べて反復回数の理論上界をオーダーの意味で下げることに成功している。収束の速さ(期待値評価)について、単なるオーダー評価ではなく、係数も 含めた詳細な上界を導出しており、収束の速さがどんな因子により決まるかがよくわかる式になっており、今後のアルゴリズムの改良にも役立つものとなっている。さらに、収束性の解析では、提案手法を連続的な反射型勾配ランジュバンダイナミクスの離散化と見なし、後者の定常分布への収束性を離散化誤差の評価により補正して求めている。この解析法は数値解析の観点から興味深い。このように,本論文は,応用数理の様々な先端知識を駆使しており、論文賞JJIAM部門の受賞にふさわしいと判断した。

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

正則条件を仮定しない勾配法の収束性 (応用数理 35 巻 4 号(2025), pp. 256 – 266. リンク)

[著者]

伊藤 勝, 柳下 翔太郎

[授賞理由]

近年,大規模な最適化問題を効率的に解くニーズが急増し,そのための勾配法が注目されている.本論文は実務上の問題を見据え,目的関数の勾配のリプシッツ連続性などの「正則条件」を仮定せず,アルミホ基準に基づく直線探索により収束性を保証できることを概説するものである.基本的な最急降下法を振り返ったのち,アルミホ基準とバックトラッキングを導入しつつ,近接勾配法の概念および探索方向・近接項に基づくバックトラッキングの仕組みを丁寧に解説し,さらには非ユークリッド距離を用いた拡張まで言及している.全文を通して,理論的厳密さと実用的なアルゴリズムの説明を両立させ,例を交えながら正則条件を仮定しない勾配法の考え方と収束性の結果を段階的に詳述している.よって,本論文は応用数理の幅広い分野の研究者にとって可読性が高く,学術的な深みと教育的な波及効果を兼ね備える.以上により,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)に相応しいものと判断した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

液化天然ガス(LNG)ローリー販売事業におけるお客様の需要予測と配車平準化による輸送費用削減の実現 (応用数理 35 巻 1 号(2025), pp. 29 – 38. リンク)

[著者]

森山 卓哉, 樫尾 博, 水野 温貴, 水上 雄介, 吉村 美智子, 多田 明功, 佐久間 寛人, 加藤 由里子

[授賞理由]

本論文では,液化天然ガス(LNG)ローリー販売事業において,顧客のLNG使用量を予測し,その予測結果に基づいて配送日を最適化することにより,安定供給を維持しつつ輸送費用の削減と配車業務の平準化を実現する実践的な取り組みが示されている.特に,顧客ごとに異なる需要特性を踏まえ,機械学習および時系列解析を用いた需要予測を行い,その結果を輸送コスト,ピーク日の稼働台数,タンク残量上下限違反量を考慮した多目的最適化問題へ接続している点は,現実のエネルギー供給オペレーションに数理技術を適用した優れた事例である.本論文で高く評価される点は,第一に,顧客需要予測と配車計画最適化を一体的に設計し,単なるモデル構築にとどまらず実際の配送業務に適用可能な形でシステム化している点である.第二に,タンク容量や予測誤差を考慮した独自の精度指標や,タンク残量違反を抑制する最適化モデルを導入することで,エネルギーの安定供給という現場上不可欠な制約を数理モデルの中に的確に反映している点である.第三に,物流・運送業界における労働時間管理の厳格化,需要ピーク時の車両確保,オペレーター負荷の増大といった社会的・産業的課題に対し,稼働台数の平準化,配送調整業務の軽減,輸送固定費の低減という具体的な効果をもって応えている点である.以上により,本論文は,需要予測と数理最適化を融合した理論的・技術的工夫,実運用を見据えた評価設計,ならびにエネルギー供給の安定化,物流効率化,持続可能な社会インフラへの貢献という高い工業的応用価値を有している.よって,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文を日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいと評価した.