論文賞・ベストオーサー賞 2008年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

特異値計算のためのdqds法とmdLVs法の収束性について (日本応用数理学会論文誌 Vol.17, No.2, 2007, pp.97-131)

[著者]

相島 健助(東京大学), 松尾 宇泰(東京大学), 室田 一雄(東京大学), 杉原 正顯(東京大学)

[受賞理由]

本論文は,特異値計算のための代表的かつ基本的アルゴリズムである dqds法,そして非線形可積分系の理論に基づいて近年提案された mdLV法の理論的収束性を明らかにしたものである. dqds法の大域的収束性を証明し,シフト量を Johnson下界によって定めた時に漸近的な収束次数が1.5次であることを示し,mdLVs法については,Johnson下界でシフト量を計算した時の大域的収束性を示し,適当な仮定の下で漸近的な収束次数が1.5次であることを証明している. 科学技術計算における特異値分解の重要性については言を待たない. 有力な2つの計算法について,基本的な性質である大域的収束性および局所的超一次収束性を理論的に解明し,明快な結果を得た点は,数値計算の理論的研究として高く評価できる. よって本論文は平成20年度論文賞に値すると論文賞委員会は判断した.

理論部門

[論文]

関数部分知識と匿名性検証 (日本応用数理学会論文誌 Vol.17, No.4, 2007, pp.559-576)

[著者]

川本 裕輔(東京大学), 真野 健(NTT), 櫻田 英樹(NTT), 萩谷 昌己(東京大学)

[受賞理由]

ネットワーク利用の高度化により,電子投票などの暗号プロトコルの重要性が高まっている. 従来,暗号プロトコルの安全性は暗号理論において定式化されてきたが,必ずしも数理論理学的に明確な形では定式化されていなかった. 本論文は,電子投票における重要な安全性に関して,数理論理学的に明確な形での定式化を初めて与えるものである. 本論文では,マルチエージェントモデルと知識論理の枠組を用いて,セキュリティプロトコルにおける攻撃者の知識を定式化し,プロトコルの安全性を定式化・検証する方法を提案している. 本手法の適用例として,電子投票プロトコルの匿名性・耐買収性を投票行動についての攻撃者の知識として定式化し,証明している. 攻撃者はプロトコルで送受信される暗号文などを得ることができるが,このデータそのものよりも,暗号文と平文などのデータ間の関係が攻撃者の知識としては重要である. 本論文では,データ間の関係の知識を,暗号化関数の部分関数と,その入出力値の等式系を用いて見通しよく定式化している. さらに,等式系の妥当性についても,公開鍵暗号と電子署名の暗号学的安全性を用いて検討しており,知識論理の手法だけでなく,暗号学の手法もうまく組合せて,全体として厳密な基礎をもつ有用な体系を構成している. 以上の理由により,本論文は平成20年度論文賞に値すると論文賞委員会は判断した.

応用部門

[論文]

多重連結領域数値等角写像のPade近似を用いた電荷点配置法 (日本応用数理学会論文誌 Vol.16, No.3, 2006, pp.149-164)

[著者]

呂 毅斌(筑波大学), 伊東 拓(成蹊大学), 櫻井鉄也(筑波大学)

[受賞理由]

数値等角写像は多くの応用を有する数値計算上の重要な問題である. 本論文は,代用電荷法を用いた,有界な2重連結領域数値等角写像や円弧スリット数値等角写像の計算に対し,Pade近似による電荷(再)配置法を提案している. 再配置に当たっては一般化固有値問題を解く. 数値実験を通じ,従来の代用電荷法と比較して,同程度の近似を行うのに必要な電荷の数を大きく減少させることができることが示されている. 応用上重要な数値等角写像においてPade近似の有効性と可能性を示した点を高く評価し,本論文に平成20年度論文賞を授与することが適当であると論文賞委員会は判断した.

JJIAM部門

[論文]

An Integrodifference Model for Biological Invasions in a Periodically Fragmented Environment (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics Vol.24, No.1, 2007, pp.3-17)

[著者]

川崎 廣吉(同志社大学), 重定 南奈子(同志社大学)

[受賞理由]

ある生態系に新種が侵入したとき,その侵入が成功するか失敗するかという「侵入問題」は,数理生態学の重要なテーマの一つであるが,この方面でのこれまでの研究は,空間は一様,時間連続下での連続モデルとして導出される反応拡散方程式に対して,侵入の成功・不成功は進行波解の存在・非存在が決定し,侵入が成功するときの拡大速度は進行波の速度で与えられるというものであった. これに対して本論文は,非一様な空間へ侵入する個体群の増殖過程を記述する時間離散,空間積分方程式を導出し,侵入の成功・不成功が,自明解の不安定性・安定性で決められることを安定性解析から示している. すなわち,不安定なときに侵入が成功すること,そのときの侵入を表す非自明解の時間空間変化の様子,および侵入拡大速度の時間平均は時間と共にある一定の値に収束することを数値的に示した. さらに,この数値計算結果を踏まえて,ヒューリスティックなやり方でそれを与える公式を示し,数値計算結果から,その有効性を示している. 空間非一様場での侵入問題に対して考察してきた本論文の研究は,積分方程式の視点から,世界で最初のものである. この成果は数理生態学における侵入問題を動機とした研究であることから,数理生態学への貢献が大であり,それと共に,非線形解析学という数学分野に大きなインパクトを与えるものである. これらの理由により,本年度のJJIAM論文賞にふさわしいと評価された.

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

心臓弁の流体構造連成シミュレーション法に関する数理的考察 (応用数理 Vol.16, No.2, 2006, pp.36–50)

[著者]

久田 俊明(東京大学), 鷲尾 巧(東京大学)

[受賞理由]

本論文は,心臓弁の開閉を伴うシミュレーションを体循環モデルと連成させて安定に実行する手法について述べている. 有限要素法における流体および構造の支配方程式,導入した制約条件式や安定化手法,体循環を取り扱うモデルとの連成法,高速かつロバストな解法として実装するための反復ソルバ,大動脈弁の解析に適用した事例について順を追って解説している. 先進性のある内容を数理的考察を含めて興味深く示していることが高く評価できる.

インダストリアル部門

[論文]

最新の建築耐震設計技術:強震動予測と建物応答制御 (応用数理 Vol.17, No.3, 2007, pp.40–45)

[著者]

宮本 裕司(大阪大学), 永野 正行(東京理科大学), 栗野 治彦(鹿島建設(株))

[受賞理由]

本論文では,建築構造物の耐震設計に必要な,強震動の予測方法,長周期地震動の理論的評価,さらに建物の応答を制御するための制振システム,具体的にはパッシブダンパとセミアクティブオイルダンパの実験とシミュレーションについて,簡潔にまとめられている. 高層ビルの設計では不可欠の技術が,専門外の読者にも理解できるように解説されており,研究の最前線もわかりやすく述べられていることから,高く評価される.