論文賞・ベストオーサー賞 2010年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

ワクチン政策のパラドックス (日本応用数理学会論文誌 Vol.18, No.3, 2008, pp.473–486)

[著者]

鈴木 崇文(日本政策金融公庫), 岩見 真吾(科学技術振興機構さきがけ研究者), 竹内 康博(静岡大学,創造科学技術大学院)

[受賞理由]

本論文は,ワクチン政策と感染症の拡大との関係について,数理モデルを用いて解析し,新しい有用な知見を得たものである. 感染症の流行にワクチン政策の影響を取り入れたモデル力学系を提案し,その平衡点の解析等を通じてワクチン政策がむしろワクチン抵抗性ウイルス感染個体流行を促進しうるというパラドキシカルな状況が起こることを示している. そして,2005年に中国で発生した鳥インフルエンザ流行について考察し,このパラドキシカルな状況が実際に起こったのではないかと推測している. ヒトとモノが激しく往来する現代社会において,感染症との戦いは重要な危機管理・政策課題である. 被害を最小限に食い止める上で,適切な感染症の数理モデルを構築して解析を行い,さらに社会や行政に対して起こりうる事態を警告し,対応する手段を積極的に提言することは重要である.このような観点から,本論文は理論的に興味深いのみならず,実際的な立場からも意義深い解析を行っており,日本応用数理学会論文誌論文賞を授与するに相応しいと判断した.

応用部門

[論文]

出口での衝突と方向転換が流動係数に及ぼす影響と障害物の効果について (日本応用数理学会論文誌 Vol.19, No.3, 2009, pp.279–292)

[著者]

柳津 大地(東京大学), 木村 紋子(三菱総合研究所), 友枝 明保(明治大学), 西 遼佑(東京大学), 須磨 悠史(経済産業省), 大塚 一路(東京大学), 西成 活裕(東京大学)

[受賞理由]

本論文は,群集が居室から1つの出口に向かって退出する場合の振る舞いのモデル化を提案し,その妥当性を検証したものである. 出口を単位時間当たりに通過する人数を表す流動係数は,避難設計に用いられる重要な指標である. 提案モデルでは,衝突,方向転換,譲り合い,という出口付近で頻繁に観測される3つの現象を新たにモデルに組み込み,流動係数の実験データを再現するモデルの作成に成功している. さらに,実験の際に発見した,出口付近の障害物が流動係数を増加させるという現象についても提案モデルで説明できることを示している. 多くの人間が利用する施設において,適切な避難経路を考慮することは直ちに人命にもかかわる重要な問題である. 本論文は従来経験的な値で評価されてきた流動係数を計算することができるモデルを提案し,それを実際に検証している点で高く評価できる. よって論文賞(応用部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.

ノート部門

[論文]

GMRES(m)法のリスタートについて (日本応用数理学会論文誌 Vol.19, No.4, 2009, pp.551–564)

[著者]

今倉 暁(名古屋大学), 曽我郡 知広(愛知県立大学), 張 紹良(名古屋大学)

[受賞理由]

非対称大規模連立線形方程式の解法は計算科学の多くの分野で中心的な役割を果たす. 近年はKrylov部分空間法に基づく反復法の研究が広く進められており,その中の重要なアルゴリズムにGMRES(m)法がある. 本論文ではGMRES(m)法をGMRES法m反復を近似解法とする反復改良法とみなし,従来手法が反復改良法の誤差方程式の初期近似解を0に設定していることに等価であることに着目し,反復改良法における誤差方程式の初期近似解は0とおく必然性はないことから,初期近似解の工夫により収束性が改善される可能性を指摘した. さらに,過去2回分の近似解の線形結合から初期近似解を構成する方法を提案し,20個の問題に適用して,最大3倍程度の収束性の改善を得た. 提案手法はGMRES(m)法に対するシンプルな改良であるが,適用が容易で高い有効性を示す場合があり,今後の展開が期待される. よって論文賞(ノート部門)を授与するに相応しいと論文賞委員会は判断した.

JJIAM部門

[論文]

A constructive apriori error estimation for finite element discretizations in a non-convex domain uslng singular functions (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics Vol.26, No.2-3, 2009, pp.493–516)

[著者]

Kenta Kobayashi(Kanazawa University)

[受賞理由]

有限要素法は,偏微分方程式を解くための代表的な方法で広く用いられているが,種々の場面でその解の品質を保証することは,応用数理に課せられた重要な研究課題として残されている. 本論文は,非凸多角形領域上のポアソン方程式の有限要素解の誤差に対するアプリオリ評価を与えたものである. 非凸多角形領域の場合には,解の正則性が低下するため,通常の基底を用いた場合には,凸領域の場合に比べ,誤差のオーダーが下がることが知られている. また,このとき,stress intensity factorと呼ばれる関数を基底に追加することによって誤差のオーダーの低下を回避できることも古くから知られていた. ただし,その際の誤差評価に現れる係数として具体的なよいものがわかっていたわけではない. 本論文は,特異な関数を基底に追加した場合に対してアプリオリ評価の係数に具体的な数値を理論的に与え,それがベストな値に近いものであことを数値実験で示した. ベストな定数は理論的に存在が言えているだけで,その数値を実際に計算することは不可能である事が多い. その意味でベストなものに近く,なおかつ具体的な数値が望まれている訳であるが,本論文でそれが初めて導かれたわけである. 精度保証計算は凹多角形では極めて困難であったが,本論文によって,凹多角形領域でも精度保証計算の応用が進むものと期待できる. すべての凹多角形領域で導いたわけではないがアイデアはより広い領域に適用できる可能性もある. 本論文の結果もさることながら,非常に精巧な不等式の導出方法は独創性が高い. 以上の理由により,JJIAM論文賞に相応しいと考える.

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

非線形ホットスポット予想とパターン形成 (応用数理 Vol.19, No.1, 2009, pp.16–27)

[著者]

宮本 安人(東京工業大学)

[受賞理由]

本論文は,形態形成に用いられる活性因子と抑制因子のモデル方程式において,安定な定常解の特徴づけを行なった. 具体的には,そのような安定な定常解は領域の境界においてのみ最大点と最小点をもつ単調なものに限られることを領域が2次元円板の場合に数学的に証明した. またその理由と意義の説明が,元の形態形成モデルにもどり分かりやすくなされている. 2次元以上の領域における活性因子・抑制因子系において,この単調性の数学的証明に成功したことは,形態形成現象を理解する上で重要であり,高く評価される. またこれに関連してホットスポット予想と非線形ホットスポット予想について,与えられた領域の形状によりどのような結果が得られているかがいくつかの未解決問題とともに興味深く解説されている. 以上によりベストオーサー賞選考委員会は,本著作が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

地盤を伝わる環境振動の予測技術 (応用数理 Vol.19, No.3, 2009, pp.43–48)

[著者]

高野 真一郎(大林組), 佐々木 文夫(東京理科大学)

[受賞理由]

本論文では,快適な環境に欠かせない環境振動の低減をテーマとする研究の紹介を行っている. まず,地盤を伝わる環境振動の分類と法的な規制について文献を示しつつ紹介し,次いで地盤を等方均質な半無限弾性体として表面加振した場合の振動伝播の予測について,簡易モデルから始めて弾性体の運動方程式の有限要素法による計算法にも言及しつつ,変数分離法による解が実際の工事現場の問題で用いられている実例を紹介し予測技術の実用性を明示している. 研究の現状とともに今後の課題についても的確に解説している点が高く評価された. 以上によりベストオーサー賞選考委員会は,本著作が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.