論文賞・ベストオーサー賞 2014年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

コンパクト差分に基づく離散変分導関数法 (日本応用数理学会論文誌 2013,Vol.23, No.2,pp.203-232)

[著者]

金澤 宏紀(東京大学大学院 情報理工学系研究科),松尾 宇泰(東京大学大学院 情報理工学系研究科),谷口 隆晴(神戸大学大学院 システム情報学研究科)

[受賞理由]

本論文は,離散変分導関数に対して,通常の差分法をコンパクト差分で置き換えることが可能であることを示すものである.波動型問題に対するコンパクト差分の性能の良さは特に知られたところであるが,その非局所性と定義が陽的でないことから,コンパクト差分そのものに関する代数的な演算は難しく,そのためにこうした「差分作用素の代数的演算」が絡む構造保存解法での適用は難しいと見られていた.この困難に対し,著者らは正面から取り組む形でコンパクト差分作用素の代数的演算が可能であることやそれら作用素の歪対称性などを,具体的,かつ数学的に厳密な証明込みで示し,離散変分導関数の枠組みをコンパクト差分で行うことが可能であると示すことに成功した.そして,非線形偏微分方程式である KdV 方程式に対して実際にコンパクト差分を用いた離散変分導関数で数値スキームを導出し,そのスキームが優秀であることを数値実験により確認している. 以上の理由により,論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した.

応用部門

[論文]

等角写像とその円錐殻折り紙構造物設計への応用 (日本応用数理学会論文誌 2012, vol.22, No.4, pp.301-318)

[著者]

石田 祥子(明治大学先端数理科学インスティチュート),野島 武敏((株)アート・エクセル折紙工学研究所),亀井 岳行(央立特許事務所),萩原 一郎(明治大学先端数理科学インスティチュート)

[受賞理由]

日本の伝統工芸である折り紙の手法を基盤とし,構造物の折り畳み・展開を工学に応用した折り紙工学は,宇宙・自動車・鉄道などの産業における構造物から地図・容器など日用品の設計まで多岐にわたる領域への応用が期待され発展している.これまでの研究でさまざまな形状の折り畳み構造が提案されてきたが,それらは個別に設計者の知識,経験,および創造力に基づいて産み出されたものであり,また,複数の折り畳み構造に対してそれらの関連性が議論されることはなかった. 本論文の筆者らは,等角写像変換が折り畳み可能条件を保ちつつ構造体の形状を変形させることに着目し,折り畳み構造の集合に数学的な関連付けを与えた.ひとつの折り畳み構造から,形状の異なる一連の折り畳み構造を産み出す本論文の提案手法は,設計者に特別な技能を要求しない設計ツール開発への第一歩として,今後の発展が大いに期待される.シンプルな着想に始まり,それを実問題に応用する際に生じる理想状態からのずれを解析して適切な対処法を示した本論文は,優れた応用論文として注目に値する. 以上の理由により,論文賞委員会は本論文が論文賞(応用部門)にふさわしいと判断した.

サーベイ部門

[論文]

曲線と曲面の差分幾何 (日本応用数理学会論文誌 2013, vol.23, No.1, pp.55-107)

[著者]

松浦 望(福岡大学理学部)

[受賞理由]

本論文は,曲線・曲面の微分幾何学に対する,可積分系理論を用いた離散化について基本的な考え方から最新の結果までをまとめたサーベイ論文である.微分幾何学の離散化は,ベルリン工科大(独)のグループ等によってコンピュータ・グラフィックスへの応用も含めて精力的に研究されてきた.彼らによる総合報告は出版されているが,英語で書かれた専門的なものであり,専門を異にする研究者にとっての入門としてはやや難度の高いものであった.日本語での総合報告も数編あるが,京都大学の講究録,九州大学のレクチャーノートなどのような専門分野寄りのものであった.本論文では,詳しく扱う話題をいくつかの典型例にとどめることで,差分幾何の基本的なアイデアを伝えることに成功している.その先の題材に関しては89編の文献が引用されている.また,諸分野への応用にも目が配られ,建築への応用等といった話題に関しても参照すべき文献が提示されている.付録においては,曲線・曲面の微分幾何学の基礎事項が本論文に使われる形で手際よくまとめられている.全体として,当該分野における問題意識が他分野の研究者にとっても分かりやすくまとめられており,有益なサーベイ論文であると評価できる.以上の理由により,論文賞委員会は本論文が論文賞(サーベイ部門)にふさわしいと判断した.

JJIAM部門

[論文]

Rellich-type discrete compactness for some discontinuous Galerkin FEM (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2012, Vol. 29, No. 2, pp. 269-288)

[著者]

Fumio Kikuchi(菊地文雄)(一橋大学特任教授)

[受賞理由]

近年,偏微分方程式に対する離散化手法の一つとして,不連続Galerkin有限要素法(discontinuous Galerkin FEM)が注目され,世界的に研究が活発に行われている.この方法では,様々な形状のメッシュの混在を許すような有限要素メッシュと各要素上で次数の異なる多項式が利用でき,有限要素法の適用対象が大幅に広がることになる.しかし,一方で,用いられる近似関数は,要素境界上で不連続となるため,通常の有限要素法ではあまり意識されない様々な数学的問題が生じ,研究が本格化してから約十年が経つが,不連続Galerkin有限要素法の数学的基礎理論の研究の進展は十分とはいえない状況にあった. そのような中,本論文は,不連続Galerkin有限要素法の数学的基礎を与える Rellich 型の離散コンパクト性定理が,かなり一般的状況においても,成立することを証明したものである.この結果により,多くの実用的な不連続Galerkin有限要素法について,その近似としての正当性が保証されたことになる.さらに,定理の仮定として現れる様々な条件を実際に実現するような具体例についても,考察がされており,理論的な完成度の高さと実用性の両方を備えた論文である.本論文により,不連続Galerkin有限要素法の数学理論は大きく進展したと言える.以上の理由により, JJIAM論文賞に相応しいと考える.

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

渋滞形成と非対称散逸系の動的相転移現象 (応用数理2013,Vol.23,No.1,pp.2〜10)

[著者]

杉山雄規(名古屋大学大学院 情報科学研究科 教授)

[受賞理由]

本論文は,交通流や群衆運動に代表される非対称な相互作用を持つ自己駆動粒子の集団運動を記述する極めて単純な一次元数理モデルの導入から始まり,数理モデ ルの理論解析・数値シミュレーションを通じて,渋滞クラスタ形成・時間遅れを伴ったリミットサイクル振動といったマクロ現象の発現メカニズムの解明,その 解析結果と実測データとの整合性の検証,さらには,二次元系への拡張によって得られた様々な集団運動形態や最短経路探索への応用と,多岐にわたる内容について大変わかりやすく記述されている.特に,交通流に見られるマクロ現象を第一原理から解明し,実測データとの整合性を示している点は,今後の渋滞解消に 向けた取り組みをはじめ,自己駆動粒子の集団運動を制御するという観点から,高く評価できる内容となっている.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

エンジン室冷却解析向け自動メッシュ生成システムの開発 (応用数理2013,Vol.23, No.1, pp.21〜24)

[著者]

奥野東((株)日立製作所日立研究所),渡邉修(日立建機(株)研究本部)

[受賞理由]

本論文は,建設機械のエンジン室の温度制御(冷却)を目的としたCFDシミュレーションのための自動メッシュ生成システムの概要とその効果検証の結果を紹介したものである.一般に,エンジン室では,数百から数千個の部品が設置されている.提案のシステムでは,計算領域全体を直交格子生成法でメッシュ分割し,一方で,ファンや熱交換器などの冷却に大きく寄与するため精度が求められる部分には,形状再現性に優れた定型メッシュを使っている.これら複数のメッシュをスムースに接続するために,ハイブリッドメッシュ生成手法を独自に開発して,結果として,小メッシュ数で高精度かつロバストな解析を可能とした.また,提案のシステムによる解析結果をベンチマーク試験と比較検討し,実用性,妥当性を確認している.基礎的な研究で得られた技術を,エンジン室冷却設計という具体的な目的のために統合し,利用者の習熟を前提としない利用しやすいシステムを開発しており,数理科学の産業応用の成功例といえる.また論文の記述も明快である.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞に相応しいものと評価した.