論文賞・ベストオーサー賞 2015年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

形状最適化問題の正則化解法(<特集>数理設計研究部会) (日本応用数理学会論文誌 2014,Vol.24, No.2,pp.83-138)

[著者]

畔上秀幸(名古屋大学 情報科学研究科)

[受賞理由]

本論文は、形状最適化問題の数値解法で用いられることが多い形状微分について、それによる更新の非正則性を理論的に示し、さらに正則化解法である H1 勾配法の理論的妥当性を明らかにしている。形状最適化問題は、機械・建築・土木など工学分野で広く現れる問題であり、ある種の汎関数最小化問題として定式化されることが多い。その最小化問題を数値的に解く手法としては、その非線形性ゆえに形状微分を用いた反復型解法が多く提案されている。しかし、問題の非適切性に由来した数値的不安定性を抑える工夫が解法に求められ、それゆえに本来の形状微分とは異なるものが、理論的正当性無しに使われるといった問題があった。著者は、その問題点を解決する力法を提案し、数値的に安定かつ妥当な同定結果が得られることを示したが、方法の理論的妥当性は完全に明らかになっていなかった。 本論文では、まず汎関数の領域変動による形状微分について、その存在性と領域更新として妥当な正則性を備えていないことを理論的に明らかにした。さらに、力法の拡張と位置付けられる H1 勾配法を形状最適化問題へ適用し、それにより得られる領域更新の正則性、すなわち必要な滑らかさを持つことと降下方向となることを理論的に示した。さらに、H1 勾配法が準ニュートン法の一種であることを示し、逐次二次近似法を元にした形状最適化アルゴリズムを提案した。これらの成果は、形状最適化問題に対する数値解法の理論解析へ道を開くとともに、問題の数学理論への寄与も期待できると評価できる。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した。

サーベイ部門

[論文]

機械学習アルゴリズムのためのパラメトリック計画法(<特集>機械学習研部会) (日本応用数理学会論文誌 2013,Vol.23, No.3,PP.517-536)

[著者]

竹内 一郎 名古屋工業大学

[受賞理由]

正則化パラメータを持つ最適化問題は、近年大発展している機械学習の分野において使用されている重要な問題である。本サーベイ論文は、この最適化問題とパラメトリック計画法との関連をまとめたものである。このような視点からの研究は LASSO や SVM といった、今や古典とも言える方法に始まり、最適化パス追跡法と呼ばれて近年でも進展している。本サーベイ論文でも歴史を踏襲し、まず LASSO や SVM に基づく正則化パス追跡法の説明から始まり、次いでパラメトリック計画法の応用例として分位点回帰分析の最適解パスを論じ、最後に線形・二次・非線形パラメトリック計画問題における最適解パスを論じている。広い視点から50にわたる基本的な参考文献の説明・紹介がなされているのも、サーベイとして重要なポイントである。本サーベイ論文は「機械学習アルゴリズムにおける最適化パス追跡法」という近年発展した分野に関してコンパクトにわかりやすくまとめている。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(サーベイ部門)にふさわしいと判断した。

ノート部門

[論文]

マーケットインパクトの非線形性,弾力性,不確実性及びそれらの執行戦略への影響について(<特集>数理ファイナンス研究部会) (日本応用数理学会論文誌 2014,Vol.24, No.3,pp.253-274)

[著者]

石谷 謙介(名城大学理工学部),加藤 恭(大阪大学大学院基礎工学研究科)

[受賞理由]

金融商品の大規模な売買取引が金融市場の取引価格形成へ与える影響はマーケットインパクトと呼ばれる。実際に発生した金融市場における取引価格の急激な下落の中にはマーケットインパクトが一因であると指摘されているものもあり、マーケットインパクトの解析やそれを考慮した最適な取引執行戦略の解明は、市場参加者の被る損失を抑制し、金融市場の混乱を引き起こさないために、学術および実務の両面から求められている。本論文では、マーケットインパクトによる取引価格の下落が小さくなるような、すなわち売却金額の期待値が最大となるような売却スピードを最適な執行戦略として求める問題を、確率制御問題の枠組みで定式化している。そして、マーケットインパクトの“執行量に対する非線形性”と“不確実性”、取引執行後の価格の回復効果を表す“弾力性”の3つのパラメータが最適執行戦略へ与える影響を数値的な検証によって明らかにしている。本論文を端緒として今後のマーケットインパクトの理論解析が展開すること、また、本論文の知見が実務における取引執行戦略の基礎となることが期待される。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(ノート部門)にふさわしいと判断した。

JSIAM Letters部門

[論文]

A numerical method for nonlinear eigenvalue problems using contour integrals (JSIAM Letters Vol.1 (2009) pp.52-55)

[著者]

Junko Asakura(朝倉順子)(Research and Development Division, Square Enix Co. Ltd.),Tetsuya Sakurai(櫻井鉄也)(Department of Computer Science, University of Tsukuba),Hiroto Tadano(多田野寛人) (Department of Computer Science, University of Tsukuba),Tsutomu Ikegami(池上 努)(Information Technology Research Institute, AIST),Kinji Kimura(木村欣司)(Graduate School of Informatics, Kyoto University)

[受賞理由]

本論文は、一般化固有値問題向けに提案された周回積分に基づく固有値解法を非線形固有値問題向けに拡張したものである。周回積分に基づく固有値解法は、指定した領域内の固有値および対応する固有ベクトルのみを選択的に計算する手法であり、その計算コストの主要部である複数の線形方程式の求解を独立に行うことができるという特徴を持つ。これらの特徴から、同解法は特に大規模並列計算機向けの解法として活発に研究されており、各種のアプリケーション分野での実用化が進められている。著者らは先行研究として、これまで一般化固有値問題向けに提案されてきた周回積分に基づく固有値解法を多項式固有値問題に対して拡張し、本論文において、一般の非線形固有値問題向けの解法として確立した。また、粒子加速器や遅延微分方程式から現れる非線形固有値問題等を数値例にあげ、提案手法が指定した固有対を高精度で求解できることを示している。周回積分に基づく一般の非線形固有値問題向け解法の提案は本論文が最初であり、これをきっかけとして現在では様々な解法が提案されているなど、本論文がこの分野の発展に大きく寄与することとなった。以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(Letters部門)にふさわしいものと評価する。

JSIAM Letters部門

[論文]

Hybridized discontinuous Galerkin method with lifting operator (JSIAM LettersVol.2 (2010) pp.99-102)

[著者]

Issei Oikawa(及川一誠)(Graduate School of Mathematical Sciences, The University of Tokyo)

[受賞理由]

本論文では、不連続Galerkin 法に基づく有限要素法(DGFEM) を扱っている。これは有限要素間で不連続となる近似を許すもので、様々な形状の多角形要素を同時に扱うことが出来る。しかしながら取り扱う行列のサイズや帯幅が従来の有限要素法に比して大きくなるという欠点がある。これに対処するために要素境界の上で定義される新たな変数を導入するHybridized DGFEM という方法が研究されていた。この方法に関し、著者等はペナルティ法を用いて安定性を保証する手法を提案していたが、これには安定化のためのペナルティパラメータの値の範囲が必ずしも特定できないという欠点があった。本論文では、lifting operator と呼ばれる要素境界上の関数から要素上の関数を作り出す作用素を導入することで、任意の値のペナルティパラメータで安定となるHybridized DGFEMを開発し、この問題を解決した。論文中でこのスキームの導出および誤差解析に関する諸定理の証明を与え、数値例でその有効性を確認している。lifting operator を用いた有限要素法の基礎を与えた論文であり、その後のこの分野の発展に大きく寄与することとなった。以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters部門)にふさわしいものと評価する。

JSIAM Letters部門

[論文]

Regular solution to topology optimization problems of continua (JSIAM LettersVol.3 (2011) pp.1-4)

[著者]

Hideyuki Azegami(畔上秀幸)(Graduate School of Information Science, Nagoya University), Satoshi Kaizu(海津 聰)(College of Science and Technology, Nihon University),Kenzen Takeuchi(竹内謙善)(Quint Corporation)

[受賞理由]

本論文は、偏微分方程式の境界値問題が定義された領域に最適な穴をあける問題に対して、数値不安定現象を抑制する機能をもつ数値解法を最初に提案した論文である。1980年代後半からミクロな穴を持つ連続体や材料特性が密度のべき関数で与えられた連続体などの数理モデルを用いて、領域に最適な穴をあける問題の構成法と数値解法が盛んに研究された。その結果、密度を設計変数にして、密度と境界値問題の解を使って定義された評価関数を用いて最適化問題を構成し、その問題の最適性条件を満たすような数値解を有限要素法によって求める方法が主流となった。その際、密度がチェッカーボード状に振動する数値不安定現象が発生することが知られていた。そのような現象が発生した場合には、平滑化フィルターを用いることで対処されてきた。本論文は、このような数値不安定現象の原因は、評価関数の微分が不正則になるためであることを明らかにし、正則性が保証されるような勾配法を提案し、数値例によりその有効性を示した。本論文の成果は構造最適設計プログラムの中に組み込まれ、産業界で広く利用されている。また、構造物の欠陥同定問題などにも応用され、その成果の一部はJJIAMに掲載されている。以上により、論文賞選考委員会は、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters部門)にふさわしいものと評価する。

JJIAM部門

[論文]

A Babuška-Aziz type proof of the circumradius condition (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics2014, Vol.31, No.1, pp.193-210)

[著者]

Kenta Kobayashi(小林健太)(一橋大学大学院商学研究科),Takuya Tsuchiya(土屋卓也)(愛媛大学大学院理工学研究科)

[受賞理由]

本論文は、偏微分方程式の代表的な数値解法の一つである有限要素法の数学的基礎理論、より正確には、誤差解析理論に関するものである。 有限要素法の誤差解析理論は、1968年のZlámalの論文から始まったとされている。Zlámalは、楕円型境界値問題に有限要素法を適用したとき、領域の三角形分割の三角形の最小角がある定数以上であるという条件のもとで、誤差を上から評価する式を与えた。Zlámalの見出した条件は、「最小角条件」と呼ばれている。その後1976年に、Babuška-AzizとJametは独立に、三角形分割の三角形の最大角が180度未満のある定数以下であるという条件のもとで、同様な誤差評価を示した。彼らの条件は「最大角条件」と呼ばれ、有限要素解の収束のための最も本質的な条件であると長い間信じられてきた。 そのような中、本論文は、「最大角条件」よりかなり弱い条件、「三角形分割の三角形の外接円の半径の最大値が0に収束する」という条件(論文では「外接半径条件」と呼んでいる)の下に、同様な評価式が成り立つことを示した。この結果は、小林が見出した「小林の公式」と呼ばれる誤差評価式が元になっているが、その証明は精度保証付き数値計算を用いている。一方、本論文の証明は、有限要素法の誤差評価の標準的手法のみによるものである。(そのお蔭で、論文では、小林の公式で扱っている場合より、より一般的な場合を扱うことが可能となっている)。本論文の出版後、外接半径条件が曲面の面積の定義と密接に関係していることが、著者らにより指摘されている(JJIAM, Vol.32, pp.65–76)。このように本論文の結果は、有限要素法の数学的基礎理論に40年ぶりに新たな視点をもたらしたものであり、さらにこれに続く多くの研究の出発点となるものと期待される。以上の理由により、本論文はJJIAM論文賞に相応しいと評価された。

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

劣決定逆問題に対する Cluster Newton 法とその薬物動態モデルへの応用 (応用数理2014,Vol.24,No.4,pp.7-15)

[著者]

青木康憲(Uppsala Universitet 薬学部 Pharmaceutical Bioscience 学科ポストドクトラル研究員),速水 謙(国立情報学研究所 教授),小長谷明彦(東京工業大学大学院知能システム科学専攻 教授)

[受賞理由]

本論文では,常微分方程式系で表される抗がん剤代謝動態モデルを使い,臨床観測データから患者生体内の状況を推測するための方法とその結果を報告している.数理的には常微分方程式の係数を推測する劣決定逆問題に帰着されるが,従来の統計的手法では,大規模計算機を使用しても,問題を解くのに数時間から数日間程度かかっており,パーソナル医療への応用可能性が疑問視されていた.しかしながら,本論文では,劣決定逆問題に対して,クラスター・ニュートン法という新しい方法を提案し,数十分程度で良好な結果が得られることが報告されている.数理的な手法により薬物動態解析を行い,薬剤開発へ本質的な寄与をなしているばかりでなく,クラスター・ニュートン法という純粋数学の研究対象としても興味深い問題を提案している点で.臨床応用と数理科学の両方の発展に大きく寄与している.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は.本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

行列・テンソル分解によるグラフデータ解析 (応用数理2014,Vol.24,No.3,pp.23-27)

[著者]

丸橋弘治(株式会社富士通研究所)

[受賞理由]

本論文では, 行列やテンソルの分解を用いて大規模なグラフデータを解析する手法について議論している. ネットワーク上のデータは大規模なグラフデータとして分析できることが多く, 著者は自らが提案した以下の3つの手法を解説している. 1. ソーシャルネットワーク上の友人関係を解析するための, グラフのノード間の最短経路長を固有値分解を利用して高速に計算する手法, 2. ネットワーク上のコミュニティを分析するための, 特異値分解を用いて多数のコミュニティと各ノードとの関連を一度に分析する手法, 3. サイバー攻撃などの不正を検知するための, テンソル分解を利用して, ハイパーグラフからクリーク上の構造を高速に検知する手法. 近年, ネットワークの大規模化に伴い, 大規模なグラフデータの解析手法の確立が強く望まれており, そのような問題のいくつかに対する有効な手法を提案している本論文の価値は高い. また, 各手法やその意義は分かりやすく解説され, 実際のデータによる分析例なども提示されており, 啓蒙的な意味からも評価できる. 以上よりベストオーサー賞選考委員会は, 本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと判断した.