論文賞・ベストオーサー賞 2018年度
(著者の所属は論文発表時のもの)
論文賞 | |
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理論部門 |
[論文] 脳磁図解析のためのノイズを含む多チャンネルデータからのノイズ共分散行列の直接推定法 (日本応用数学会論文誌 2016, Vol.26, No.3, pp.353-380) [著者] ソムチャイヌアンプラサート,山岸弘幸,鈴木貴 [受賞理由] 脳磁図分析(MEG)は、脳内活動に由来する磁場を超伝導を利用して多チャンネルの時系列データとして測定し、双極子法や空間フィルター法などによって磁場源を推定する技術で、非侵襲的で時空間の分解能が高いことから医療現場や学術研究で盛んに用いられてきた。MEGデータは、揺らぎや測定条件の不均一性など、生体計測特有のノイズに常にさらされているため、磁場源推定ではいずれの場合もノイズ共分散行列を利用したノイズ除去のアルゴリズムが必要であることがわかっている。ノイズ共分散行列の推定については、これまで、データの時間差を適用したTSD法が提案されてきたが、多チャンネルのMEGデータではその前提となるホワイトノイズ性が成り立たないため、適用範囲は限定されたものとなっていた。本論文は、行列の一般化特異値分解を用いることで、この前提が成り立たない領域でも有効な共分散行列推定の理論を確立し、実データを用いた数値シミュレーションによってその顕著な有用性を示している。本論文で提示された理論は極めて独創的であり、その貢献は、数理医学のみならず行列解析の面からも高く評価されるものである。以上の理由により、論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した。 |
実用部門 |
[論文] 通勤時間帯の駅構内における購買行動の数理モデル (日本応用数理学会論文誌 2017, Vol.27, No.2, pp.147-161) [著者] 田口 東, 高松 瑞代 [受賞理由] 本論文は, 実際の鉄道利用データと店舗のPOSデータから得られる駅利用者の駅構内店舗における購買行動を通勤時間帯に焦点を当てて数理的に分析したものである.具体的には, 待ち行列モデルに基づいて算出された店の混雑度という指標を用いて, 売れる商品と売れない商品の差について説明を行った. また, 男女乗降者に関する各種ごとの来店者数の推定を均衡モデルに基づいて行った. 後者の推定値は複雑な挙動を示す現実データとの当てはまりもよく, 非常に興味深い結果といえる. 論文中にも記述されているように, 新規出店計画といった現実に通用するモデルとするには課題は多く存在する. しかしながら, 大量のデータを比較的簡易な数学的手法で明解に説明を行ったことは意義深く, 今後の社会にとっても大変有用と考えられる. 以上の理由により,論文賞委員会は本論文が論文賞(実用部門)にふさわしいと判断した. |
サーベイ部門 |
[論文] 平坦折り紙の数理 (日本応用数理学会論文誌 2017, Vol.27, No.4, pp.333-353) [著者] 松川 剛久, 三谷 純 [受賞理由] 本論文は,折り紙の数理に関し,理論と応用の両面を解説したサーベイ論文である.折り紙に関する研究をまとめた文献はいくつかあるが,本論文はそれらが取り上げていない最新の結果も含んでいる.本論文ではまず,折り紙研究の歴史に触れ,次いで,理論的な話題として,平坦折りに関する種々の結果を解説した後,折り紙の計算量に関する研究を紹介している.応用に関しては,折り紙の設計手法とそれらが実装されているソフトウェアを,平坦折り紙,立体折り紙,剛体折り紙に分けて紹介している.最後に,今後の研究課題について述べている.折り紙の数理を非専門家にも分かるようまとめており,有益なサーベイ論文であるといえる.以上の理由により,論文賞委員会は本論文が論文賞(サーベイ部門)にふさわしいと判断した. |
JSIAM Letters部門 |
[論文] Hamiltonian Monte Carlo with explicit, reversible, and volume-preserving adaptive step size control (JSIAM Letters Vol.9 (2017) pp.33-36) [著者] Michiko Okudo, Hideyuki Suzuki [受賞理由] 本論文において著者らは改善スケール変数自体を問題に繰りいれるアイディアに基づき、Hamiltonian Monte Carlo 法 (以降、HMC法) のサンプリング列生成過程の改善法を提唱している.HMC法は当該分野においてシミュレーション、ベイズ推定などの連続自由度問題の応用において幅広く用いられる重要な手法の一つであり、そうした手法に本論文はその効率向上に大きく寄与することが強く期待される優れた結果をもたらしている.以上により,本論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門)にふさわしいものと評価する. |
JSIAM Letters部門 |
[論文] Quantitative credit risk monitoring using purchase order information (JSIAM Letters Vol.9 (2017) pp.49-52) [著者] Suguru Yamanaka [受賞理由] 通常、デフォルト確率評価は偏りや不安定性をもつ金融情報に基づいて行われる.これに対し著者らは、ほぼリアルタイムに得られる均質な情報源である受注情報に着目し、売買活動に基づいた信用リスクモデルを提案し、受注情報からデフォルトリスクの確率評価が可能な新しい手法を提案した.また、実例等に対するデフォルトリスク確率を計算し、提案モデルの有効性ならびにデフォルトリスク確率評価手法の実用性、信頼性を堅実に示した.著者らの着眼点は画期的で、提案モデルの信頼性も高いと判断されることから、その成果は当該 分野に強い影響をもたらすと期待される.以上により,本論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門)にふさわしいものと評価する. |
JJIAM部門 |
[論文] Implicit American Monte Carlo methods for nonlinear functional of future portfolio value (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2017, Vol.34, pp.635—674) [著者] Yusuke Morimoto (森本 裕介) [受賞理由] 本論文では、CVA(Credit Value Adjustment)計算という金融リスク管理の高度化・厳密化に関わる、重要かつ計算負荷の高い問題について数値計算手法の研究が行われている。 具体的には、stochastic meshに基づいたモンテカルロ法という新しい精緻な近似法が提案され、近似誤差に関する厳密な結果が得られている。以下のふたつの理由により本論文は論文賞にふさわしいと考えられる。 1)CVA計算という金融実務界でも重要な問題に貢献している点。 2)ヒューリスティックで理論的厳密さを求めない先行研究が数多く見られる中、興味深いアイデアを提案しつつその数学的に厳密な評価をも与えることに成功した点。 |
ベストオーサー賞 | |
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論文部門 |
[論文] Hawkes過程による信用リスク伝播のモデリングとその応用 (応用数理 2017, Vol.27, No.1, pp.5-12) [著者] 山中卓(武蔵野大学),中川秀敏(一橋大学),杉原正顯(青山学院大学) [受賞理由] 金融機関が企業に対して資金の貸出を行う際に,貸出先の企業が資金を返済できず金融機関に損失が発生する可能性のことを,信用リスク,この場合はデフォルトリスク,と呼ぶ。信用リスクの計測は大変重要な問題であり,金融機関は数理モデルの開発と改良を行い,より精緻な管理を行おうとしている。本論文は,信用リスクが連動して高まる伝播性を考慮した,いわゆるHawkes過程を,信用リスクの計量モデルに援用する著者達の近年の研究についてまとめている。ここで伝播性とは,ある事象の発生により同種類の事象の発生確率が瞬間的に高まる特徴のことである。モデル化について具体的な考え方を示すことから始まり,連動性や伝播性がしばしば観測される信用イベント発生モデルについて説明される。モデルによるシミュレーションと,日本企業の実際のデータとの比較が与えられ,多次元への一般化にも触れられている。一般の読者を意識し,平易に見通しよく記述がなされた好論文となっている。以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと評価した。 |
インダストリアルマテリアルズ部門 |
[論文] カラー反射画像を利用した鏡面形状計測 (応用数理 2017, Vol.27, No.1, pp.31-35) [著者] 尊田 嘉之(AGC株式会社(旧:旭硝子株式会社)) [受賞理由] 本論文は,工業製品の不良品検出や生産条件が製品形状に及ぼす影響を迅速にフィードバックするために必要な形状計測について,ガラスのように計測表面が鏡面である場合にも適用可能な形状計測手法を提案し,その計測原理,適用事例までを報告している.従来のプローブによる接触式手法は計測時間がかかり,レーザー変位計やステレオ法による非接触手法は鏡面には適用困難という問題点がある.これに対し,本論文の提案手法は,規則的なカラーパターンを鏡面に映し,歪んだ反射像を観測し,鏡面の法線ベクトル分布から表面形状を再構成するという,計測対象が鏡面であることを積極的に活用した手法である.カラーパターンの情報から位置情報を一意に求められる数理モデルを構築したことにより,工業的に簡便で高速な計測技術となった.反射像から鏡面形状を求める手順が詳細かつ丁寧に解説されており,専門外の読者にも非常にわかりやすい.自動車用フロントドアガラスに提案手法を適用した事例紹介では,従来の接触式計測手法と比較して,提案手法の優位性が定量的に示されており,産業へ大きく貢献するものと評価できる.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいものと判断した. |