論文賞・ベストオーサー賞 2019年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

グラスマン多様体上の商構造を用いたニュートン法 (日本応用数学会論文誌 2018, Vol.28, No.4, pp.205-241)

[著者]

佐藤 寛之, 相原 研輔

[受賞理由]

数理最適化は科学・工学における普遍的ツールであり,古くから制約や凸性の 有無などにより生ずる様々な問題クラスに対してアルゴリズムが研究されてきたが,科 学・工学全体の大規模化,深層学習など新しい応用分野の出現に伴い,今なお最適化困難 な問題クラスへの挑戦が続いている.幾何学的手法に基づく最適化は,そのような状況を 打開する新しい方法論のひとつであり,問題の実行可能領域,すなわち制約条件により定 まる部分集合が幾何学的に素直な構造を持っている場合に,それを活用して幾何学的記述 により最適化アルゴリズムを構成する試みである.これは数学的に自然な考え方であり, それゆえに従前考えられなかった強力な手法の誕生が期待されるが,他方で幾何学的に記 述されたアルゴリズムは計算機への実装が必ずしも簡明でないなどの弱点もあり実用に向 けた研究が続いていた. 本論文はこの方向への研究のひとつであり,グラスマン多様体上の最適化問題に対して 幾何学的記述によるニュートン法を考え,さらにその反復の計算機への平易な実装を与え たものである.より具体的には,反復計算に現れるレトラクション操作がQR 分解で計算 可能であること,および反復そのものがある線形方程式の求解に帰着できることを示し, さらにその線形方程式の解法としてクリロフ部分空間法を用いることを提案している.こ れらの工夫により時間・空間計算量を抑えた実用的算法の構成が期待でき,実際に数値実 験によりその妥当性を検証している.以上の結果は,幾何学的最適化と線形計算を巧妙に 組み合わせて得られたものであり,応用数学の新しい融合研究として高く評価できる.以 上により,論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した.

ノート部門

[論文]

CGS 系統の反復法に対する近似解精度の改善に向けたスムージング技術の再考 (日本応用数理学会論文誌 2018, Vol.28, No.1, pp.18-38)

[著者]

米山 涼介, 相原 研輔, 石渡 恵美子

[受賞理由]

非対称行列を係数とする連立1 次方程式向けに広く使われている反復解法とし て,CGS(Conjugate Gradient Squared)法がある.この方法は,うまく働くときにはBi-CG 法などと比べて収束が極めて速いものの,問題によっては残差Ax-b のノルムが大きく振動し,近似解の精度悪化や偽収束の問題を引き起こすことが知られている.そこで,残差ノルムの振動を防ぐ方法として,これまでにいくつかのスムージング手法が提案されている.しかしこれらの手法では,残差ノルムの振動は抑えられるものの,肝心の近似解の精度は改善できないことが明らかとなっていた. 本論文では,詳しい丸め誤差解析により従来法の問題点を明らかにした上で,近似解の 精度を改善する新しいスムージング手法を提案している.具体的には,従来のスムージン グ手法がCGS 法の根幹となる漸化式には手を加えずに,残差や近似解の計算後にスムージ ングを行っている点が問題であることを明らかにし,根幹となる漸化式そのものに対して スムージングを組み込んだ新しい計算式を導出した.これにより,近似解の精度が大幅に 向上し,偽収束の問題も改善されることが数値実験により示された.本論文の結果は,CGS 法のみでなく,そこから派生する解法であるブロックCGS 法,シフト型CGS 法などにも 適用が見込まれ,応用範囲が広い.以上より,論文賞委員会は本論文が論文賞(ノート部 門)にふさわしいと判断した.

サーベイ部門

[論文]

リフティングスキームによるウェーブレットの構成法 (日本応用数理学会論文誌 2018, Vol.28, No.2, pp.72-133)

[著者]

藤ノ木 健介

[受賞理由]

リフティングスキームは,スプリット,予測,更新,スケーリングの4つのス テップから構成され,少ないメモリーで高速演算可能であり,可逆なスキームである.そ のため,様々な応用が提案されている.本論文は,リフティングスキームとその応用を充 実した参考文献と共に日本語で紹介した優れたサーベイ論文である.内容は以下の通りで ある.特に,3,4が詳しく述べられているため,リフティングスキームを学ぶ基本的な 論文である. 1.リフティングスキームを用いると双直交離散変換とその逆変換を簡単に構成できるこ とを述べている. 2.リフティングスキームをフーリエ空間でポリフェーズ行列表現することにより,従来 から知られていた双直交離散ウェーブレット変換はリフティングスキームで表現でき ることを述べている. 3.フィルタ係数やウェーブレット関数をリフティングすることにより,新しい性質を持 ったフィルタ係数やウェーブレット関数を構成する方法を述べている. 4.可逆な非線形変換が簡単に構成でき,ロスレス圧縮やモルフォロジー変換などに応用 できることを述べている. 以上より,論文賞委員会は本論文が論文賞(サーベイ部門)にふさわしいと判断した.

JSIAM Letters部門

[論文]

H2 gradient method for the coefficient identification problem in a partial differential (JSIAM Letters Vol.10 (2018) pp.37-40)

[著者]

Daisuke Kurashiki, Kenji Shirota

[受賞理由]

本論文は,コンクリート梁と鉄梁の結合部におけるせん断剛性係数関数を観測データから復元することで,劣化した連結部材の位置と劣化率の同定を試みている.この問題は,波動方程式族の係数同定逆問題一つであり,その非適切性に由来する数値不安定性への対処が不可欠となる.著者らは,問題の性質から起因する正則性の要請から,これまで知られてきたH1 勾配法を拡張した H2 勾配法とよぶ新しい解法を開発した.筆者らの手法は,係数同定逆問題のみならず,様々な逆問題へ適用可能であり,その分野に大きく寄与することが期待される.以上により,本論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門)にふさわしいものと評価する.

JSIAM Letters部門

[論文]

Shape optimization for a linear elastic fish robot (JSIAM Letters Vol.10 (2018) pp.65-68)

[著者]

Wares Chancharoen and Hideyuki Azegami

[受賞理由]

魚類の泳ぎ運動の解析は,Lighthill(1960) の研究以来多くの研究者らによって取り組まれてきた.この論文では,線形弾性体の内部に発生する振動モードを,泳ぎモードに近づけるような形状最適化問題を定式化し,その解を用いることによって連続的な泳ぎ運動が実現できるかという課題に取り組んでいる.評価関数には,既知の泳ぎモードと線形弾性体の周波数応答変位の2 乗ノルムが採用され,解法には,著者らが開発してきた勾配法に基づく反復法が用いられた.数値解析によって,この手法が実際に機能することを確認している.手際よくまとめられた,この研究課題に対する第一歩として重要な貢献をなしていると判断できる.以上により,論文賞選考委員会は,この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門)にふさわしいものと評価する.

JJIAM部門

[論文]

A genuinely stable Lagrange–Galerkin scheme for convection-diffusion problems (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2016, Vol.33, pp.121—143)

[著者]

Masahisa Tabata and Shinya Uchiumi

[受賞理由]

本論文は,線形の移流拡散方程式の有限要素法を考察し、安定性の高い Lagrange-Galerkin法に、数値積分を使わずにすむアイデアを導入した。これまで知られているLagrange-Galerkin法では数値積分を使う必要があり、それがスキームの不安定性を引き起こすことがあった。著者らの新アルゴリズムでは積分が誤差なしに実行できるように工夫されており、安定性が理論的に保証されることになった。さらに、誤差の上限が不等式で導かれ、そのℓ∞ノルムが拡散係数に依存しないことも証明されている。これらの結果が数値実験のみならず数学的な証明とともに導かれていることはナヴィエ・ストークス方程式に拡張する際に極めて重要な性質である。以上のことから,この論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する.

JJIAM部門

[論文]

Accelerated proximal gradient method for elastoplastic analysis with von Mises yield criterion (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2018, Vol.35, pp.1—32)

[著者]

Wataru Shimizu and Yoshihiro Kanno

[受賞理由]

フォン・ミーゼスの降伏条件を伴う弾塑性構造物の準静的増分解析問題は,2次錐計画問題(secondorder cone programming problem; SOCP)として定式化できること,および SOCP が主双対内点法(primal-dual interior-point method)を用いることで効率的に解けることが知られている.本論文では,上記の問題に対して新たな定式化,無制約で非滑な凸最適化問題としての定式化を与え,この定式化に対する近接勾配法(proximal gradient method)およびこれを改良した適応的な再スタートスキームを組み込んだ加速近接勾配法(accelerated proximal gradient method)を提案している.SOCP に比べ変数の個数が少なく,連立1方程式を解く必要がないという特徴を持つ解法である.提案手法と SOCP に対する主双対内点法との計算機実験による比較により,提案手法の有効性を示している.大規模問題に対して,数理定式化と近接勾配法を含む1 次法と総称される解法を連動させ,効率的な解法を開発するという機械学習等の分野で盛んな研究の流れを計算力学の分野に導入した点は高く評価できる.以上のことから,この論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する.

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

ベイズ法を用いた高次元テンソル推定 (応用数理 2017, Vol.27, No.3, pp.7-14)

[著者]

鈴木 大慈(東京大学大学院情報理工学系研究科)

[受賞理由]

異質なデータを組み合わせて予測や情報抽出をする場合にはテンソルモデルが自然と立ち現れる.通常の回帰分析を単一の特徴量ベクトルの線形変換が目的変数を生むという定式化とすれば,特徴量が複数になった場合の拡張と見ることができる.主成分分析などではデータ群をうまく表現できる少数の基底ベクトルの推定が中心的課題となるが,テンソルモデルにおいても「低ランク性」をうまく利用することがデータ解析の鍵となる.本稿は,その実現方法としてベイズ法を選び,定式化から予測性能の理論的よび実測評価までを解説している.凸最適化や交互最小二乗法に比して少ない仮定で統計的最適性を理論的に保証できることにベイズ法の利点がある.幅広く渉猟した文献に裏付けられた本稿は応用数理に携わる研究者・実務家にとって有益な情報が凝縮されているとの点からベストオーサー賞にふさわしいと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

折紙の数理を応用したハニカム構造材料の新しい製造法 (応用数理 2018, Vol.28, No.1, pp.26-31)

[著者]

斉藤 一哉(東京大学大学院情報理工学系研究科),五島 庸(城山工業株式会社),王 麗君(東京大学生産技術研究所),岡部 洋二(東京大学生産技術研究所)

[受賞理由]

近年,3D プリンタ同様に高い造形性を有する技術として折紙が注目されており,平面から折り曲げただけで様々な立体を創造する折紙の手法を数理的に洗練し,製造加工技術と融合させることで新しいものづくりが可能になると期待されている.そのためには,コンピュータ折紙等で得られた複雑な折線パターンを自由に立体化する技術を目指すトップダウン的な研究開発と並行して,既存の製造加工技術で製作可能な折線パターンの範囲で形や機能を生み出すボトムアップ的な試みが必要である.本論文ではボトムアップの部分を扱っており,著者らによる,周期的な折線・スリットを入れたシートから折紙のようにセル構造体を立体化する手法,とくに任意の断面形状をもつハニカム構造体の展開図設計手法と,製造装置への実装に関して述べている.さらに,提案手法で製作された試作品についても触れるなど,数理的な内容と実際のものづくりへの挑戦をバランスよく記述している.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞にふさわしいと評価した.