論文賞・ベストオーサー賞 2020年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

有限要素解の定量的な局所事後誤差評価について (日本応用数学会論文誌 2019, Vol.29, No.4, pp.362-382)

[著者]

中野 泰河, 劉 雪峰

[受賞理由]

有限要素法は,微分方程式の数値解法として広く利用されており,構造解析,流体解析,電磁場解析など,様々な応用がある.ポアソン問題は数値解析分野における典型的な例題であり,その有限要素解に対する誤差評価は重要な研究テーマのひとつである.有限要素解に対する従来の誤差評価理論として,バブシュカが開発した方法がよく知られているが,これは全領域に対する大域的な誤差評価であり,局所的な誤差評価ではないため,関心のある領域における誤差に対しては過大な評価となっていた.また,従来では,局所的な事後誤差評価は定性的な評価(収束オーダによる評価)がほとんどであった. 本論文では,有限要素法の事後誤差評価として近年用いられているハイパーサークル法を用いて,カットオフ関数による重み付きハイパーサークル評価を導入することにより,ポアソン方程式の境界値問題に対する適合有限要素による有限要素解について,事前に指定した部分領域上での定量的な局所事後誤差評価を提案している.また,その応用として,ラブラス方程式の境界値問題で記述される半導体の抵抗率測定法(四探針法)へ適用し,数値実験によって提案手法の妥当性を検証している.以上の結果は,数値解析分野における理論的な新規性及び応用範囲の広さの両面から価値があると評価できる.以上により,論文賞委員会は本論文が論文賞(理論部門)にふさわしいと判断した.

応用部門

[論文]

パーシステントホモロジーとレーブグラフを用いた2次元ハミルトンベクトル場の流線位相構造の自動抽出アルゴリズム (日本応用数理学会論文誌 2019, Vol.29, No.2, pp.187-224)

[著者]

宇田 智紀, 横山 知郎, 坂上貴之

[受賞理由]

本論文はハミルトンベクトル場における等高線の構造変化、特に定性的な位相的構造の変化として非定常流れ場の運動を理解するための試みに端を発する.先行研究により局所的分岐解析の他、トポロジー・組み合わせ論の方法による等高線の位相構造の分類法が提案されている.著者らは後者の立場で、先行研究において構造安定性の概念を持ち込む事で、全ての構造安定なハミルトンベクトル場の流線構造が有限個の再帰的パターンの組み合わせで記述でき、さらにこれらに固有の有限文字列を割り当てられることを示した.これは「語表現理論」として、画像データ内の流線構造の単純な抽出、処理を可能とする幅広い応用の可能性があるものとして提唱されている.しかし語表現を自動的に生成するアルゴリズムの構成・実装が難しいことから、実際の問題への適用には大きな障害があった.本論文はハミルトニアンのレーブグラフによる語表現取得、パーシステントホモロジーを用いたレーブグラフの構成方法を取り入れ、与えられたデータから語表現を自動生成する手法を構成・提案したものであり、上記の課題の解決に大きく貢献するものである. 本論文は課題設定が非常に挑戦的であり、解決のアプローチもハミルトンベクトル場の流線構造、その位相的性質を対応させる語表現、レーブグラフ、パーシステントホモロジーなど多くの高度な数学的概念とその理解を要求されるが、これらをうまく融合・実装し、流体構造のデータ解析に新しい視点と可能性を提供している.応用面は勿論のこと、純粋数学も含めた様々な分野の発展に資するものであり、論文賞(応用部門)に相応しいとする論文賞委員会での判断に至った.

ノート部門

[論文]

Exponential Integrator に現われる行列関数の改良計算法 (日本応用数理学会論文誌 2017, Vol.27, No.1, pp.45-65)

[著者]

中村 真輔,小澤 一文,廣田 千明

[受賞理由]

stiffな連立常微分方程式に対する効率的な数値解法として,右辺を線形項と非線形項とに分離し,前者を厳密に解くexponential integratorがある.この解法では,行列φ関数と呼ばれる行列関数の評価が計算の中心であり,そこでは有理関数近似とscaling and squaringという手法の組み合わせが用いられる.しかし,用いる有理関数近似の最適な選択法やscaling and squaringの高精度な実装法については,まだ十分な研究が行われていなかった. 本論文では,まず行列φ関数に対する代表的な有理関数近似法であるKoikari の方法と Skaflestadの方法を取り上げ,計算精度と計算量について詳細な理論的比較を行った.この結果に基づき,行列φ関数の次数と有理関数近似の次数に応じてどちらを選ぶべきかを選択する基準を提案した.また,scaling and squaringについて,丸め誤差の影響を削減する新しい計算法を提案するとともに,詳細な丸め誤差解析を行い,その効果を評価した.これらの手法をexponential integratorに組み込み,数値実験によって評価を行った結果,提案手法の有効性を明らかにした.本論文の結果は,exponential integratorの高速化・高精度化に寄与し,幅広い分野で活用できる.以上より,論文賞選考委員会は本論文が論文賞(ノート部門)にふさわしいと判断した.

JSIAM Letters部門

[論文]

Truncation error estimates of approximate differential operators of a particle method based on the Voronoi decomposition (JSIAM Letters Vol.9 (2017) pp.69-72)

[著者]

Yusuke Imoto, Daisuke Tagami

[受賞理由]

本論文は実用的な数値計算手法で広く利用されている粒子法、特にSPH 法およびMPS 法に現れる近似微分作用素の打ち切り誤差を領域のボロノイ分割に基づいて評価し、誤差の収束次数が数値結果と合致することを確認した.粒子法に対する理論解析研究は当時希少であり,本研究成果は粒子法を数学的枠組みで捉える先駆的な結果である。以上から、本論文は日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞に相応しいと判断する。

JSIAM Letters部門

[論文]

Analyzing time evolution of constraint equations of Einstein’s equation (JSIAM Letters Vol.11 (2019) pp.21-24)

[著者]

Ryosuke Urakawa, Takuya Tsuchiya, Gen Yoneda

[受賞理由]

本論文では、束縛条件を付加したアインシュタイン方程式の数値計算において、時間発展安定性をもつ補正手法を提案している。従来、固有値解析による伝搬拡大係数の計算は困難であったが本論文では適切に実行し安定性を予測している。重力崩壊の数値シミュレーションにおいて、適切なバックグラウンドでの整合性と不適切なバックグラウンドにおける不整合を確認している。提案手法は適切なバックグラウンドの発見が困難な場合でも適用可能であり、実際に物理モデルのシミュレーション利用が期待される。以上により、この論文が日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) にふさわしいものと評価する。

JSIAM Letters部門

[論文]

Improvement of the double exponential formula with conformal maps based on the locations of singularities (JSIAM Letters Vol.11 (2019) pp.65-68)

[著者]

Shunki Kyoya, Ken’ichiro Tanaka

[受賞理由]

Double Exponential (DE) 公式は、本邦発の世界的に広く使われる数値積分公式で,被積分関数が滑らかな時、特に解析的な時に、非常に高精度である。しかし、被積分関数が実軸の近くに特異性を持つ場合に精度が低下する。著者らは、特異点を実軸から離すSlevinsky とOlver による変換方法の改良手法を提案し、具体的な数値例により高精度積分の達成を確認している。本提案手法はDE 公式の困難を解消し,かつ,その一般化でもあり、更なる研究の深化・発展が期待される。以上より、本論文は日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞に相応しいと判断する。

JJIAM部門

[論文]

An efficient linear scheme to approximate nonlinear diffusion problems (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2018, Vol.35, pp.71—101)

[著者]

Hideki Murakawa

[受賞理由]

本論文は, 非線形の拡散方程式系を数値計算するための新しい線形スキームを提案し,さらに,詳細な誤差解析と数値実験によりその妥当性と有用性を明らかにしている.本論文が対象とする方程式系には,交差拡散系・多孔性媒質流れ・Stefan問題など幅広く実用的な問題が含まれる.通常,非線形性の強い微分方程式を数値計算する際には,非線形のスキームが使われる.確かに理論的には妥当な精度が保証されるが,実際の計算ではパラメータを経験的に設定しなければならず,計算量も多く,必ずしも効率的とは言えない.線形スキームもいくつか提案されてきたが,計算そのものは容易であっても,線形化の際に導入するパラメータの設定法は自明ではなく,かつ,一般に精度は劣化する.本論文では新しい線形スキームを提案し,それが非線形スキームと同等の精度を持つことを証明している.また,パラメータの選択方法も具体的に示されており,数値計算の経験が十分でない人でも容易に実行できる.したがって,本論文は数学的な端正さと実用性の両方を兼ね備えている. 以上のことから,この論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する.以上のことから,この論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する.

JJIAM部門

[論文]

Iterative refinement for symmetric eigenvalue decomposition (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2018, Vol.35, pp.1007—1035)

[著者]

Takeshi Ogita and Kensuke Aishima

[受賞理由]

本論文は,実対称行列の全ての固有値・固有ベクトルの計算精度を反復的に向上させる研究である.固有値同士の近接性により近似固有ベクトルの精度が大きく劣化する可能性があることから,精度向上の研究意義は明確である.著者らは,固有ベクトルの正規直交性とA-直交性に着目し,誤差を減少させるための指針である修正方程式(行列方程式)を導出している.一見,求解に必要な演算量が多いと思われる修正方程式であるが,行列の特殊構造を巧みに活用して効率良く解く工夫をしており,提案法は単純な多倍長計算を行うよりも格段に高速であることを数値実験で検証しており,実用的である.そして理論面では,重複固有値がある場合・ない場合のどちらにおいても丁寧な収束性解析を行っており,一定の条件下で提案法の収束の速さが二次収束であることを証明しているなど,理論・実用共に非常に有用である.さらに著者らの理論は特異値問題にも援用できることから,本論文は理論的・実用的波及効果が見込まれる. 以上のことから,この論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する.

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

総合指数の数理(応用数理 2019, Vol.29, No.1, (pp.20-26)

[著者]

清智也(東京大学 大学院情報理工学系研究科)

[受賞理由]

本稿では,総合指数における重みをデータの分布のみから決定する方法について論じている.既存のものとして,そのまま,あるいは標準化してから足し合わせる方法や,主成分分析や因子分析により求められた係数を利用する方法などが挙げられるが,著者は,各変数と総合指数の共分散が正となる重みのうち,適当な条件を満たすものを客観的総合指数と呼び,この構成法や因子モデルとの比較について解説している構成については,対角スケーリングの結果や二者択一定理の証明も与えた自己完結的な形でなされており,比較については,客観的総合指数が因子モデルによる推定値のある種の極限として解釈できることなどが丁寧に述べられている.総合指数は,陸上混成競技の得点,大学ランキング,株価指数など,応用例が非常に広範囲かつ膨大なものであり,多くの読者にとって馴染みのある量である.本論文は,このような親しみ深い対象についての明快で優れた解説となっている.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は.本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)にふさわしいものと評価した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

半導体製造工場における Virtual Metrology 技術 (応用数理 2019, Vol.29, No.1, pp.31-34)

[著者]

岡崎隼也(ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング株式会社)

[受賞理由]

VM (Virtual Metrology) 技術とは,製造工程における加工装置データや中間の製品出来栄えデータなどを用いて加工寸法などの計測値を予測する技術である.VM技術により仮想的な全数計測が可能となり,計測コスト抑制と品質保証が両立できる上,従来,製造工程終了後に計測されていたデバイス特性などを工程途中で予測できるので,品質異常の早期検知も可能となる.本論文では,統計的手法を用いてVMモデルを作成する流れを説明した後,半導体製造工場でVM技術を活用し,その有効性が確認できた事例について解説している.数理的手法が産業で有効に活用されている状況を強く印象付けていることから,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいものと評価した.