論文賞・ベストオーサー賞 2021年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

波動方程式と弾性方程式からなる連成系のシンプレクティック性について (日本応用数学会論文誌 2020, Vol.30, No.4, pp.269-289)

[著者]

寺川 峻平, 谷口 隆晴

[受賞理由]

本論文で議論される研究は,独立した運動の「連成系」ダイナミクスに対する長時間高精度な数値計算の実現を目指すものである.独立した系に運動を記述する構造が示されていても,その間に相互作用が伴う場合,全体の系を特徴付ける構造はその存在自体が非自明であり,その上でダイナミクスの高精度な数値シミュレーション法を議論するのは容易ではない.著者らは系の運動を記述する構造「ハミルトニアン」の構成を議論する代わりに物理学の基本法則及び力学系理論,特にハミルトン系の高精度計算において標準的である「シンプレクティック数値解法」のアイデアに基づき,連成系が物理的に自然な要請を満たすための相互作用の条件,それに基づく自然な数値解法を導出し,その有効性を数値実験で検証している.さらに数値解析の観点から「シンプレクティック形式の保存」の証明を与える事で,連成系におけるハミルトン系としての構造の存在の示唆を与えている. 構造抽出及びシミュレーションが容易でない問いの解明に対する既知の標準的アプローチを適用し,数値実験により構造の存在の示唆を与え,構成した数値解法の数学的妥当性を証明するという一連のプロセスは,考察するべき問題とその意義,アプローチ,妥当性を含めた主張及びその展望を明快に伝えるものとなっている.結果はピアノという馴染みのある対象を単純化された例に適用され,高度な数学を実用的なシミュレーション及び連成系の構造解析に役立てる,及びそれを大いに期待させるものである.論文自体はシンプレクティック形式などの高度な数学に基づく議論が多く含まれるものの,本論に用いられる本質的なアイデアは限られた紙数の中で丁寧に述べられており,馴染みのない読者も議論をたどりやすく,研究成果の意義を明確に理解させる配慮がなされており,数学・数値計算の理論と応用の展開も含めて波及効果は高いと考えられる. 以上,論旨及び新規性,展開の明確さ全てを総合して,論文賞(理論部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

応用部門

[論文]

荻田・相島の固有ベクトル反復改良法に基づく実対称行列の固有値分解追跡手法 (日本応用数理学会論文誌 2019, Vol.29, No.1, pp.78-120)

[著者]

白間 久瑠美, 工藤 周平, 山本 有作

[受賞理由]

時間に依存する対称行列の固有値・固有ベクトルを求める問題は,例えば第一原理分子動力学法等に現れる重要なものであり,時間依存固有値問題などと呼ばれる.本論文は,最近提案された荻田・相島の固有ベクトル反復改良法に基づき,時間依存固有値問題の優れた数値解法を提案している.荻田・相島の反復改良法はあくまで通常の行列の対称固有値問題に対するものであり,時間依存固有値問題への応用にはいくつか課題があったが,以下のような方針で具体的な成果を挙げている. まず,荻田・相島の反復改良法の収束定理に対して,より精緻な収束性を理論保証するものに改善し,時間依存固有値問題に適した理論基盤を与えている.そして,時間依存固有値問題特有の問題である固有値の交差について深く考察し,収束性を改善する前処理を導入している.さらに,計算機実装に関して,マルチコア・メニーコアプロセッサ上で性能評価を行い,提案手法の計算速度の面での優位性を調査している.時間依存固有値問題に対し優れた数値解法を与えただけでなく,その基盤をなす荻田・相島の固有ベクトル反復改良の基礎理論を改善し,さらには実装上の性能評価も行ったこの一連の成果は,幅広い研究分野への寄与という点でも特筆に値する.以上の結果は,固有値問題の数値解法とその応用および計算機実装の研究に多大な貢献があり,論文賞選考委員会は本論文が論文賞(応用部門)にふさわしいと判断した.

サーベイ部門

[論文]

準モンテカルロ法の最前線 (日本応用数理学会論文誌 2020, Vol.30, No.4, pp.320-374)

[著者]

鈴木 航介,合田 隆

[受賞理由]

高次元数値積分法の一つに準モンテカルロ法がある.準モンテカルロ法は,次元の呪いを回避しながらモンテカルロ法よりも高速な収束を目指した数値解法であり,サンプル点はランダムにとるのではなく超一様性を満たすように(あるいは想定する関数空間での積分誤差が小さくなるように)設計する.具体的には,Halton列などの点列が50年以上前から知られているが,近年では,格子やデジタルネットといったより一般的な枠組みの中で点集合の構成方法が盛んに研究されている.高次元数値積分は幅広い応用分野で大きな需要があるが,最先端の研究に関する和文の文献は少なく,俯瞰的なサーベイの意義は大きい. 本論文では,一様分布論に基づく古典的理論や準モンテカルロ点集合の構成法から始め,近年発展を遂げてきた再生核ヒルベルト空間に対する最悪誤差の評価やそれに基づく格子やデジタルネットと呼ばれるクラスの準モンテカルロ点集合の構成および乱択化について概観している.準モンテカルロ法の研究の歴史は長く,膨大な文献が存在するが,古典的なものから最先端のものまで重要な文献が適切に提示されている.また,数学理論だけでなく,実装方法についてもユーザー目線で丁寧に解説されている.本論文は,非専門家へも十分に配慮され,応用分野の研究者と純粋数学を含む理論の研究者の両者を強く意識して執筆されていることから,様々な分野の発展に資するものであり,論文賞(サーベイ部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

JSIAM Letters部門

[論文]

The best constant of discrete Sobolev inequality on 1812 C60 fullerene isomers (JSIAM Letters Vol.12 (2020) pp.49-52)

[著者]

Yoshinori Kametaka, Kohtaro Watanabe, Atsushi Nagai, Kazuo Takemura, Hiroyuki Yamagishi, Hiroto Sekido

[受賞理由]

本論文は,C60 フラーレンの多様な異性体に対し,離散ソボレフの不等式の最適定数を求めたものである。炭素原子を頂点とみなして多面体に対する最適定数を利用し,異性体に応じた値を実際に評価して最も固い異性体を求めている。数理的な問題を現実の物質に適用し,物質の特徴づけを行ったことは独創的であり,優れた結果である。以上の理由により,本論文は日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞に相応しいと判断する。

JSIAM Letters部門

[論文]

Logarithmic Gini mean difference measure for apportionment problem (JSIAM Letters Vol.12 (2020) pp.69-71)

[著者]

Hozumi Morohosi

[受賞理由]

選挙制度における議席定数配分の問題は政治において大変重要な問題であり,apportionment 問題と呼ばれ多くの研究がなされてきた。本論文は議席定数配分が県あるいは州により分割されている場合を考察し,その不均衡性を計測する新しい指標として対数Gini 平均測度を提唱している。3 通りの利用手法を示し,過去の日本データを用いて数値的な検証がなされている。将来のさらなる研究につながる内容であり,論文としても極めて明快にまとめられている。以上により,本論文は日本応用数理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞にふさわしいと判断する。

JJIAM部門

[論文]

Asymptotic error distributions of the Euler method for continuous-time nonlinear filtering (Japan Journal of Industrial and Applied Mathematics 2020, Vol.37, pp.383—413)

[著者]

Teppei Ogihara & Hideyuki Tanaka

[受賞理由]

本論文は数理統計学における極限理論を非線形確率フィルタリング問題に応用し、そのために必要となる新しい極限理論も証明している。フィルタリングは間接的な情報を用いて直接観測不能な動的システムの状態推定を行う。信号処理等の工学での応用に留まらず、計量経済学を始めとする社会科学分野においても広く用いられている。本論文では、代表的な数値解析法であるオイラー法の近似誤差解析を行い、そのためのマルチンゲール極限理論の新しい理論を構築している。オイラー法に関する研究では刻み数についての収束オーダーに焦点を当てたものが多い一方、本研究では具体的に誤差の極限分布を得ることに成功している。これらの結果は数値シミュレーションを行う上での実用的な基準を提示するものであり、広い分野での応用が期待できる。また、分布の収束についての綿密な解析が行われており、理論面での貢献も兼ね備えている。 以上の理由より、本論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する。

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

連立一次方程式に対する積型 Bi-CG 法の発展 (応用数理 2020, Vol.30, No.3, pp.16-23)

[著者]

相原 研輔(東京都市大学知識工学部)

[受賞理由]

大規模で疎な正則行列を係数に持つ連立一次方程式を計算機により高速・高精度に解くことは,科学技術計算における基本的かつ重要な問題の一つである.代表的な数値解法であるクリロフ部分空間法は,その優れた収束性から広く利用されている.本論文では,クリロフ部分空間法に属する解法について,まず,Bi-CG (Bi-Conjugate Gradient)法を説明後,Bi-CG 法の欠点を克服するとともに収束性の向上を図ったCGS (Conjugate Gradient Squared)法を説明している.さらにCGS 法から派生した積型Bi-CG 法と呼ばれる解法の中から代表的な5 種類を取り上げ,各解法を特徴づける安定化多項式の違い,および,各解法の長所・短所を述べている.最後に,積型Bi-CG 法の枠組みの中で著者が最近提案した解法に触れている.このように,積型Bi-CG 法について,基本的な事項から最近の発展までを紹介しており,応用数理に関わる者にとって有益な情報を与えている.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)にふさわしいものと判断した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

逐次データ同化を利用した鉄道橋応答変位推定 (応用数理 2020, Vol.30, No.4, pp.24-27)

[著者]

松岡 弘大(鉄道総合技術研究所)

[受賞理由]

鉄道橋の性能指標である「たわみ」の計測には「リング式変位測定」という,変位を直接計測する方法が用いられているが,鉄道橋の下面と地面をワイヤで結ぶ必要があり,大きな手間を要する.著者は鉄道橋上でも計測可能な加速度から,粒子フィルタを用いたシミュレーションとデータ同化手法により「たわみ」に関する情報を取り出す方法に成功した.直観的に「たわみ」は列車から与えられる荷重に対する変位応答であるので,観測された加速度を直接積分することで計算できそうに思えるが,計測機器の特性により,積分すると「たわみ」になるような,加速度波形を直接得ることはできない.本研究では,鉄道橋の曲げ剛性と減衰比をパラメータとして含む,系全体の時間発展を状態空間モデルとして表現し,観測できる加速度データとあわせこむことで,系全体の時間発展を再現した.紹介されている実験例ではモデルから「たわみ」が高精度に計算できることを,旧来法(リング式変位測定)による結果との比較によって示している.本稿は,数理的なモデル化によって,直接観測できないものを見る,という意図を見事に実現した実例とその意義をわかりやすく伝えており,応用数理の意義を端的に示すものである.このことから,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいと評価した.