論文賞・ベストオーサー賞 2022年度

(著者の所属は論文発表時のもの)

論文賞
理論部門

[論文]

二重周期的ポテンシャル問題に対する代用電荷法 (日本応用数学会論文誌 31巻1号 (2021), pp.1-19. リンク

[著者]

緒方 秀教

[受賞理由]

代用電荷法は,ポテンシャル問題に対するメッシュフリー解法として,科学技術計算の様々な分野で用いられてきた.特に,ある条件下では近似誤差が近似点の数に関して指数的に減衰するという著しい性質が成り立つことが,円板領域やそれと等角同値な領域で証明されている.代用電荷法の研究はさまざまな方面に拡がっているが,その1つが周期的な問題への拡張である.例えば,一重周期的な障害物周りのポテンシャル流を計算しようとすると,周期的な領域においてポテンシャル問題を解く必要があるが,そのためには元来の代用電荷法の基底函数を,周期性を反映したものに取り替える必要がある.著者の一連の先行研究においては,一重周期問題への代用電荷法の拡張について十分な成果が得られている.しかし,二重周期領域に対する代用電荷法を考えていくためには,周期性の向きを考慮しなければならないといった大きな困難があり,その構築はこれまで未解決であった. 本論文では,その先駆けとして,二重周期的な障害物周りのポテンシャル流を計算するための代用電荷法を提案している.特に,代用電荷法の基底函数を,Weierstrassのシグマ函数を用いて構成している.不変スキームで採用されている係数の和が0であるという条件,およびシグマ函数の擬周期性のために,本提案手法により構成された近似速度場は二重周期性を満たすことがわかる.円板,楕円,Cassini橙形が二重周期的に並んだ場合に数値実験を行い,いずれの場合にも近似点の数に関して誤差が指数減衰するという,代用電荷法本来の性質を引き継ぐことが確認されている.本論文の成果は,二重周期的Stokes流問題など,関連する応用上重要な様々な問題について今後新しい代用電荷法が生成されていくことを強く期待させるものである.以上の結果は,偏微分方程式の数値解法分野に多大な貢献があり,論文賞(理論部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

応用部門

[論文]

初到達時間を用いたペアポートフォリオ最適化問題の新定式化 (日本応用数学会論文誌 30巻3号 (2020), pp. 194-225. リンク

[著者]

東出 卓朗, 浅井 謙輔, 後藤 順哉, 藤田 岳彦

[受賞理由]

本論文は,古くから金融市場における投資戦略手法の一つと知られるペアトレーディング戦略(適当に選んだ異なる2つの株式の価格差が長期的には収束することで,相対的に高い方を売り,安い方を買って価格差が収束した時に反対売買で収益を得ようとする戦略)について,新しい視点による定式化とその理論的な検討をふまえ,シミュレーション実験を通じて実際のトレーディング戦略策定での実用可能性を示したものである. 特定の株式銘柄ペアに対する戦略ではなく,ペアトレーディングが可能な銘柄ペアの集合に対する資金配分の最適ウェイトを求めるポートフォリオ運用への応用を意識している点が,先行研究にはあまり見られない着眼点として評価できる.もちろんペアポートフォリオの最適化問題についての先行研究もあるが,先行研究の定式化に批判的検討を加えたうえで,ペア銘柄回帰時間(ペア構築から収束してペアを解消するまでの時間)は短く,その不確実性は低い方が望ましいというアイデアをもとに,ペア銘柄回帰時間の加重和の期待値とその分散を最小化するポートフォリオ最適化問題を設定している点が非常に興味深い新規性と考えられる. 具体的には,株価過程が1 次ベクトル自己回帰過程 VAR(1) に従うモデルの下で,ペア構築/解消を決めるスプレッドの閾値に対する初到達時間の数学的性質を議論し,その期待値ベクトルと分散共分散行列を近似的に導出するアルゴリズムを明示している.実データによる実証ではなく,擬似乱数によるシミュレーション実験での検証にとどまってはいるものの,十分に実際のトレーディングに応用できることを示唆した結果が示されていると考える. 以上,応用面への貢献の期待度は高いことはもちろん,数理ファイナンスや金融工学における学術面にも一石を投じる内容であると見なすこともでき,論文賞(応用部門)に相応しいとする論文賞選考委員会での判断に至った.

JSIAM Letters部門

[論文]

Computing Morse decomposition of ODEs via Runge-Kutta method (JSIAM Letters, vol. 13 (2021), pp.40-43. リンク1リンク2

[著者]

Yuki Chiba, Tomoyuki Miyaji, Toshiyuki Ogawa

[受賞理由]

常微分方程式で定義される力学系に対するモース分解をルンゲ・クッタ法による 近似計算で行う方法を提案している。精度保証付き数値計算を利用する場合と異 なり数学的な厳密さは犠牲となるが、遥かに少ない計算コストで相空間構造の概 形を捉え、詳細な解析への糸口が得られる。本論文は力学系全構造計算法と数値 分岐解析の相補的活用による力学系構造の理解に向けた展望とともに、現時点で 残る困難と課題も提示しており、将来のさらなる研究により常微分方程式モデル に基づく数理的研究への応用展開が期待される。以上より、本論文は日本応用数 理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞に相応しいと判断する。

JSIAM Letters部門

[論文]

On the uniqueness of stable anisotropic capillary hypersurfaces that contact the edge of a wedge (JSIAM Letters, vol. 13 (2021), pp.76-79. リンク

[著者]

Motoki Oka

[受賞理由]

曲面の非等方的エネルギーは曲面の各点の向きに依存する正値関数(非等方的エ ネルギー密度関数)の曲面上での積分であり、面積の一般化である。応用例とし て、結晶のエネルギー、特殊相対論の舞台として利用されるローレンツ・ミンコ フスキー空間内の曲面の面積などがある。同じ体積を囲む閉曲面の中で非等方的 エネルギーが最小のものは一意的であり、ウルフ図形と呼ばれる。より一般に、 非等方的エネルギーの臨界点は結晶の数理モデルを与え、「非等方的平均曲率一 定曲面(以下ではCAMC曲面と略記する)」と呼ばれる曲面となる。物理的に実 現されるのは非等方的エネルギーの極小値を与える曲面であると考えられ、これ は「安定なCAMC曲面」と呼ばれる。一般に、CAMC曲面はカドや頂点のよう な特異点を持つため、数学的な扱いが難しく、現在も学際的な研究対象となって いる。本論文では、一般次元ユークリッド空間内のくさび状領域において、「安 定なCAMC 超曲面がウルフ図形の部分集合に限る」という命題を、先行研究で は扱われなかった特異性の高い場合について証明している。証明には超曲面の境 界の解析についてのオリジナルなアイデアが含まれており、境界を持つ超曲面に ついての変分問題研究に貢献する内容である。以上により、本論文は日本応用数 理学会論文賞(JSIAM Letters 部門) の受賞にふさわしいと判断する。

JJIAM部門

[論文]

Rule 184 fuzzy cellular automaton as a mathematical model for traffic flow (Japan J. Indust. Appl. Math. Vol. 38, (2021) 579-609. リンク

[著者]

Kohei Higashi, Junkichi Satsuma & Tetsuji Tokihiro

[受賞理由]

本論文は、ルール番号184のセルオートマトンをファジー化した系を解析したものである。セルオートマトンを包含する形で多項式によって連続化した本論文の系は、多車線を模した交通流のひとつのモデルとなっており、特定の条件下における連続極限において、やはり交通流モデルとして有用なBurgers方程式に帰着することを示している。また、任意の初期値から得られる漸近解について詳細な数学的解析を行い、密度と運動量の相関を与える基本図が連続な閉領域をなすことを厳密に示し、数値計算による検証も行っている。さらに、ボトルネックを与える境界条件での渋滞の伝播や超離散極限による系のふるまいの解析など、交通流の理論研究でおさえるべき多様な観点についても答えている。従来、交通流の数理モデルは、微分からセルオートマトンに至るまで多様な表現が存在し多くの研究がなされてきた。またファジー化は、セルオートマトンのようなデジタル系を連続化するための、今では古典的手法となっている。この両者を結びつけることにより、意味のある新しい表現がまたひとつ存在することを重厚かつ多層な結果によって提示した本論文は、モデルから得られる結果の新奇性が顕著であり、そのアイデアが様々な現象に対して将来応用されることが期待できる。 以上の理由より、本論文は日本応用数理学会論文賞に値すると判断する。

ベストオーサー賞
論文部門

[論文]

数値解析における反例 (応用数理,2021, Vol.31, No.3, pp.15-22. リンク

[著者]

齊藤 宣一 (東京大学大学院数理科学研究科)

[受賞理由]

偏微分方程式の数値シミュレーションは理論・応用の双方において非常に重要な役割を果たしている.しかしながら,時空間の離散化手法に応じて不安定性が生じたり意図せぬ結果が得られたりするなど,実際に計算する際には考慮すべき点が多い.本論文では,意図する結果が得られない具体例を広い意味で「反例」と呼ぶことにし,「反例」がもたらす重要な問いを読者に投げかけている.本論文は,端的な「反例」である熱方程式の差分解法と波動方程式との関係について述べることから始め,続いて有限要素解の厳密解への収束が任意に遅く評価される「反例」を紹介している.その後に,高階偏微分方程式でよく用いられる分離解法を非凸多角形領域における重調和問題に適用すると,意図せず異なる問題を解いてしまう「反例」となることを述べている.これはBabuškaのパラドックスとして知られ,続く節でBabuškaによる「反例」を説明している.これら「反例」に惑わされないためには数値計算手法を数学的に研究することが重要であることを本論文は伝えており,まさに応用数理のあるべき姿の1つを示している.以上により,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(論文部門)に相応しいものと判断した.

インダストリアルマテリアルズ部門

[論文]

ガソリンエンジンにおけるノッキング現象の数理 (応用数理,2021, Vol.31, No.2, pp.23-27. リンク

[著者]

林 伸治 (三菱自動車工業株式会社)

[受賞理由]

ガソリンエンジンの排出CO2削減のための変換効率向上は,持続可能な開発目標を視野に入れた,産業応用上極めて重要な課題である.変換効率を向上させるためには,空気と燃料の混合気体の圧縮比を高める方法が有効であると考えられている.しかし,圧縮比を高めることはノッキングと呼ばれるガソリンエンジンにとって都合の悪い現象を引き起こす.筆者はノッキングに関係があると考えられる自着火と圧力に着目し,自着火が発生するが圧力が急上昇しない燃料形態が存在するかについて,数理的アプローチを用いて考察した.音響エネルギーの増大によって音響不安定性が増大し,燃焼器が破壊されることに着目することで,ガソリンエンジンにおけるreactive Euler Modelに "音響ダムゲラー数"を導入して,ノッキングとの関係を導いた.さらに,ガソリンエンジンにおける"音響エネルギー"を導入し,音響不安定性とノッキングの関係を考察することで,数値実験による検証を行った.この結果,音響ダムゲラー数を小さくすることで音響不安定性も小さくできることを見いだした.すなわち,高圧縮比を高めつつ,音響ダムゲラー数を小さくすることで,自着火は発生させつつ圧力が急上昇しないエンジンが作れる可能性を明らかにした.本稿では,産業で重要となる,ガソリンエンジンの開発にかかわる課題を簡明に説明したあと,数理的アプローチがこの課題に効果的に活用されていること,その結果として課題解決に向けて新たな可能性を示唆したことをわかりやすく伝えており,応用数理の意義を端的に示すものである.このことから,ベストオーサー賞選考委員会は,本論文が日本応用数理学会ベストオーサー賞(インダストリアルマテリアルズ部門)にふさわしいと評価した.