第13回業績賞(2023年度)

分類A.理論を重点とするもの: 1

[受賞者]

岡本久(学習院大学教授)

[項目]

力学系理論による流体力学方程式の数学解析と数値解析

[業績概要]

岡本久氏は、長年に渡り数理流体力学と数値解析の研究に取り組み顕著な業績をあげた。数理流体力学では、Navier-Stokes方程式を代表とする流体運動を記述する微分方程式を無限次元力学系としてとらえ、力学系理論と精密な数学解析および数値計算を駆使することで独創的な成果を数多く得ている。対象はClayミレニアム懸賞問題の一つである3次元Navier-Stokes方程式の解の適切性に深く関わるものから、数理物理学の最大の難問の一つとされる乱流の数学理論構築に向けた数学解析まで幅広い。また、岡本氏の研究は、厳密な数学証明により複雑な流体運動の数学的構造を解明する一方で、数学証明が非常に困難とされる多くの数理流体力学上の課題に対して数値計算による示唆を重要視し、そこからヒントを得て流体方程式の解の多彩な構造を明らかにしている。すなわち、物理現象としての流体運動の複雑な美しさと数学的に本質的な解構造を繋げることに見事に成功しているのである。数値解析では、非定常Navier-Stokes方程式の有限要素近似の収束性の証明、境界要素法の数学解析へのFourier変換の応用、代用電荷法の収束性の証明への寄与など、いずれもそれぞれの課題の黎明期に独創的な成果をあげている。特に、代用電荷法については、多くの先行研究では、近似関数空間のある種の稠密性を示すのに留まっていたのに対し、桂田祐史氏との共同研究により、近似誤差が指数的に減衰するという事実を数学的に保証する、ブレークスルーと呼べる結果を得た。このように、多くの学術的成果を持つ岡本氏であるが、近年では数学史の研究も行っている。例えば、関数概念の発展の歴史を詳細に調査し、それを現代の大学教育に結びつける活動をしている。さらに岡本氏は、日本語で多くの専門書や啓蒙書を執筆している。その代表である「ナヴィエ-ストークス方程式の数理.東京大学出版.2009年(新装版.2023年)」では、Navier-Stokes方程式の偏微分方程式としての抽象的な側面と、物理学・力学的な側面の両方を追求することで、流体力学の持つ豊かな世界を見出せることを示しており、老若男女に応用数理の深淵さを伝えることに成功している。数学史に関する著作は、若い数学者の数学研究のあり方や方向性の優れた羅針盤となっている。このような岡本久氏の研究業績と諸活動の実績は日本応用数理学会業績賞を贈るに相応しいものとして高く評価されるべきものである。

分類B. 応用を重点とするもの: 該当無し