日本応用数理学会における数理科学研究の加速に向けた取組み

2021年11月12日
日本応用数理学会
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1. まえがき

日本応用数理学会は、これからの数理科学研究の産業界への拡大とその加速に向けた取組みについての議論を重ねてきた。本資料はこの議論などをもとに、日本応用数理学会としての意見表明を行うものである。

2. 数理科学とその産業界への拡大の重要性

医療や生命科学の分野でAIや機械学習を用いた研究開発が進み、高度な数理科学を用いたデータ解析手法の開発の必要性が増している。また、国家や企業の機密データの漏洩を防ぐには数理科学の活用が重要であり、産業分野での生産性を上げるためにもこれまでに培われた「経験や勘」などを理論化し効率化して実装していく上で数理科学の力が不可欠となっている。気候変動や水問題などの環境問題などに取り組む上でもデータとモデルをつなぎ合わせてよりよい解決策を見いだすには数理科学の果たす役割は大きい。

持続可能な開発目標(SDGs)などの実現に向けて、そこから導き出される課題の解決をデジタルトランスフォーメーション(DX)やIoT(Internet of Things)などのコンセプトを通して解決する上で、その基礎となる数理科学の重要性が世界で強く認識されるようになっている。我が国においてもその研究力の向上や人材育成の必要性は謳われており、一部で対策が講じられているものの、必ずしも十分とは言えない。

3. 数理科学分野からの産業分野への呼びかけ

前節で触れた数理科学の産業分野での活用は、大学・アカデミアにおける数理科学の発展を促し、これはさらに産業分野の拡大に貢献している。この、大学・アカデミアと産業界との連携において、組織的な取組を行っている大学([8、9])や、企業から大学・研究所に提示される諸問題の解決を目指す「スタディグループ」として取り組まれている例も多い(たとえば[9-14])。また、文部科学省からの支援もあり([15])、この拠点の一覧が[16]にある.文部科学省や経済産業省からの提言もある([1-4])。

一方で、この呼びかけに対する産業界の応答は、アメリカ、ドイツ、中国などと比較して、現状では我が国は貧弱と言ってよい([2、3])。産業界の中核たる企業側に、自動車、エレクトロニクス、創薬などの筆頭格を除き、そもそも関心が希薄である。

日本企業のマインドには、自らが自国の将来を担っていくというモチベーションが足りない。極論すれば、日本企業の関心は10年後の将来ではなく、今年の収益にある。これは、個々の企業の責任だけに帰することではなく、雇用などの社内事情、株主との関係、企業への評価など、いわば近視眼的な社会的風土にも関係しているはずである。

しかし、10年後ではなく、今年の収益だけにとらわれるならば、自社の、あるいは日本の産業界の将来には期待できない。ひるがえせば、アカデミアの発展は限定的なものになるだろう。

4. 諸外国の動き

産業界の貧弱ともいえる日本に比べ、積極的な支援を行ってきたのが、アメリカでありドイツであり、中国である(たとえば[2])。アメリカでは STEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)教育([2、5])に巨費を投じ、数理科学を含む科学技術の教育や研究を強力にサポートしてきた。STEMにArtのAを加えたSTEAM教育との、より広い範囲の立場もある([6、7])。アメリカの産業界はこれらに賛同し、応えてきた。STEMやSTEAMがすべてとは言えないだろうが、今日のアメリカの底力に貢献していることは確かなことと思われる。

アメリカでは世界中から優秀な人材が集まっている。また純粋数学と応用数学の研究者はほぼ同じ規模で存在しており、その二つのグループの交流が盛んである。また、中国はその巨大な研究者人口と中央集権的な課題の設定などを通したエリート教育を推進し、同国の最優秀頭脳を数理科学に振り向け、急速に世界の数理科学のトップ国に躍り出てきた。

5. 日本の現状と国家戦略

我が国の数理科学の人口は現時点では決して小さいわけではないが、高齢化社会に向かっている中、国内の労働者数の減少や経済規模の縮小などを踏まえると、今後この2国と対等に単独で立ち向かうことは容易ではない。また、米中が牽引する形で世界標準となりつつある数理科学研究の流れの中で一定の存在感を増すことも難しくなりつつある。

このような状況下で、国家戦略として考えうるのはつぎのようなことである。

  1. 大学の将来を見越した、数学を意識した数理科学教育の充実を図る。また、数理科学系の大学院博士課程修了者の進むべき道は、アカデミックパスだけではないことを、大学は企業とともに共通認識とすべきである。
  2. 企業に数理科学系の人材の採用を促し、それらの人材の研究意欲を高めて研究のチャンスを与える。大学院博士課程修了者の活躍の場は、実業世界にもあることを企業は若い研究者・技術者に知らせるべきである。研究のチャンスが与えられた技術者は自らの研究を深め、それが自社への貢献に繋がれば、そこでの正の循環を生むだろう。企業での正の循環は、大学・アカデミアへの正のフィードバックをもたらす。
  3. これを複数の企業に広げた上に有機的につなげる。我が国に強みがある多様な企業からの課題の受入から解決までを一貫して達成する仕組みを構築する。これは企業間連携を促すだろう。
  4. これらから得られる正の循環・フィードバックの成果は、大学・アカデミアと産業界とで等しく享受すべきものであり、この協調が10年後、20年後の我が国の産業界と数理科学の発展をもたらすはずである。

6. おわりに

数理科学の重要性、数理科学先進国の動き、我が国の現状、我が国が取るべき国家戦略について述べてきた。国家戦略には国際化の視点も必要だが、本稿では触れることはできなかった。これについては引き続いて検討し、稿を改めることとしたい。

参考文献

  1. 文部科学省、研究振興局 アジア太平洋数理・融合研究戦略検討会、アジア太平洋数理・融合研究戦略検討会 報告書、2021年7月
  2. 文部科学省、科学技術・学術審議会 先端研究基盤部会、数学イノベーション戦略、2014年8月
  3. 文部科学省、科学技術政策研究所、忘れられた科学-数学、2006年5月
  4. 数理資本主義の時代―数学パワーが世界を変える―、2019年3月
    https://aimap.imi.kyushu-u.ac.jp/db/databases/migration_detail/3/
  5. U.S. Department of Education, Science, Technology, Engineering, and Math, including Computer Science
    https://www.ed.gov/stem/
  6. 内閣府、第6期科学技術・イノベーション基本計画、2021年3月閣議決定
    https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6honbun.pdf
  7. US Department of Education’s Stance on STEAM
    https://steamedu.com/usdoe/
  8. 九州大学、マス・フォア・インダストリ研究所
    https://www.imi.kyushu-u.ac.jp/
  9. 東北大学、材料科学高等研究所、g-RIPS
    https://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/cmsoi/grips2021-open.html
  10. 北海道大学、産学・地域協働推進機構
    https://www.mcip.hokudai.ac.jp/
  11. 大阪大学大学院基礎工学研究科、スタディグループ
    https://www.sangaku.es.osaka-u.ac.jp/overview/study-group/
  12. 東京大学大学院数理科学研究科・理学部数学科、スタディグループ
    https://www.ms.u-tokyo.ac.jp/sgw/
  13. 名古屋大学大学院多元数理科学研究科、スタディグループ
    https://www.math.nagoya-u.ac.jp/ja/education/study-group/
  14. 統計数理研究所、数学協働プログラム
    http://coop-math.ism.ac.jp/info/studygroup/
  15. 数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(AIMaP)、文部科学省、科学技術試験研究委託事業
    https://aimap.imi.kyushu-u.ac.jp/wp/
  16. 数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(AIMaP)拠点一覧
    https://aimap.imi.kyushu-u.ac.jp/wp/about/cooperation-base/