書評
木村英紀著「現代システム科学概論」(東京大学出版会 2021)
2022年02月09日
大木 健太郎
おおき けんたろう
京都大学大学院 情報学研究科
本書は、システム制御理論の大家による現代的なシステム科学の総論である。システム科学と呼ばれても何のことかピンとこない方もおられるだろうが、最適化アルゴリズムや学習アルゴリズムなどのように、様々な場面における課題を解決するためのツール作り、およびそれらの使用法を与える、分野横断的な学問のことであると考えておけばよいだろう。著者は一般向けに「制御工学の考え方、講談社(2002)」および「ものづくり敗戦、日本経済新聞出版(2009)」でもシステム科学の重要性を説いているが、本書では理論についても踏み込んでいるため、読み進めるにはある程度の数学的バックグラウンドを要する。全体は二部構成となっており、第1部は総論(計3章)を、第2部は各論(計6章)を扱っている。著者の考える現代システム科学とは、第2部の各章のタイトルである6つの分野(4章:最適化、5章:モデリング、6章:学習、7章:ネットワーク、8章:状態推定と予測、9章:制御)を柱とする。 各章の内容を詳述しようとするとそれぞれが教科書1冊分以上の厚さになるが、それをコンパクトにまとめている力量はさすがであり、なかなか類書は見当たらない。一方で、各章の内容に物足りなさを感じる読者もいると思われるが、本書は全ての分野を細部まで深めることを目的としていないため、読者によっては必要に応じて別の文献を当たる必要もあるだろう。それを考慮しても、各分野のつながりやなじみの薄い分野の主要なトピックを大雑把に知るには、本書はシステム科学の実に良い道標になる。
第1部の総論では、曖昧に使われることもある「システム」という用語の定義とその変遷、およびおおよそ1960年頃までのシステム科学についてまとめられている。第1部は本書の意義が凝縮されているので、各章について簡単に触れておきたい。第1章では、「システム」という言葉の元々の意味から、システムとはどうあるべきか、どう定義されるべきかが議論されている。システムの多様化・複雑化が我々の生活をより便利にしていった様子が描かれ、また具体例と共に、更なる複雑化への問題点が浮き彫りにされている。このシステムの複雑化を扱うための基盤技術こそが、本書で取り上げる現代システム科学であり、著者のシステム科学への熱い思いがよく現れている章である。続く第2章では、科学史とともにこれまでのシステム科学研究が簡潔にまとめられている。とくにシステム科学が自然科学から人工物の科学への脱皮であり、またその基礎的研究成果が短い期間に集中していることから、科学技術における革命(第3次科学革命)であると呼んでいる。物理学や数学の科学史は様々なものがあるが、システム科学史はそれほど多くないため、この章は貴重な資料にもなるだろう。第3章は、現代システム科学として挙げる6つの分野と深く関連する第3次科学革命の内容を取り上げ、数式も交えた説明が入る。これらの詳細を学びたい方は、各章末にある参考文献に当られるとよいだろう。
第2部では、現代システム科学の柱をなす6つの分野を上述した各章で取り上げている。各章で取り扱われている内容については、出版社のホームページでも確認できる。評者も全ての分野を網羅できているわけではないが、いずれの章も教科書に載っている押さえておくべき基礎的な内容に留まっている。すでに述べたように個々の分野を学ぶには物足りなさもあるが、本書の価値は、各分野の詳細を伝えることではなく、各分野がシステム科学の根幹を担っていることを読者に認識させるように配慮している点である。すなわち、システムの複雑化を扱うという目的のための、各分野の「手段」としての立ち位置を読者に意識させる記述になっている。また、例えば第4章の最適化がどこで使われるかを別の章でも折に触れて述べられており、それぞれが孤立した分野ではなく関連性がどこにあるかを明記しているため、これら6分野についての総合的な理解も進みやすいだろう。数式だけ眺めてしまうと、このような著者の配慮を読み飛ばしてしまうため、ぜひ文章もしっかり読むことを薦めたい。
内容的に難しいことはほとんどなく、理・工学部の学部上級生からでも十分読め、研究者にも楽しめると思う。個人的には、とくに研究室に所属する視野狭窄になりがちな学生に本書を強く薦めたい。本書では(おそらく意図的に)取り上げられてはいないが、昨今の AI ブームは何も社会だけでなく、学術分野にも大きく影響を与えており、最適化や制御などの分野でも学習理論(機械学習)をどう取り入れるかが盛んに研究されている。図らずも現代システム科学内での新たな融合がすでに始まっており、また量子情報技術もますます現実的になってきているので、これらについてのシステム科学としての位置付けもいつか著者の意見を伺いたいものである。