書評

杉原厚吉「だまし絵と線形代数」(共立出版,2012)

2019年05月06日

友枝 明保

ともえだ あきやす

武蔵野大学

本書は,現在も進化している杉原厚吉氏の不可能立体の研究から,第一世代の「だまし絵立体」,第二世代の「不可能モーション立体」を実現するための数学的手法についてまとめられたものである.不可能立体とは,「あり得ない姿や振る舞いが見えてくる錯覚を生じさせる立体」であり,その錯覚の背景に潜む数理構造がクリアになるとともに,錯覚の説明に線形代数がどのように役立っているかを実感できる魅力的な書籍となっている.

 

第1章:だまし絵-立体認識の危うさ

1章では,だまし絵と呼ばれる不可能図形の紹介から始まる.不可能図形の具体的な例とそれらを実現する立体が紹介されたあと,本書の目標として,不可能図形に表された立体を実際に作れる/作れない条件を幾何学の問題として明らかにすること,人はなぜ絵から立体を読み取れたり/読み取れなかったりするのかという知覚の問題も扱うこと,が掲げられており,線形代数という初等的な数学でどこまで迫ることができるのか興味を掻き立てられる.さらに,人は線画という2次元の情報から奥行きを含んだ3次元の情報を読み取ることができるため,線画以外に付与している情報は何か?という疑問が投げかけられ,この答えが,実はだまし絵を数理的に調べる出発点となっていることが述べられている.1章後半では,線画を立体として解釈するために頂点辞書という方法が導入され,頂点辞書を使うことで奥行きを考慮した立体の解釈の候補が得られることを説明している.

第2章:立体復元方程式

2章では,線画を実現する立体の候補を与える立体復元方程式へと説明が進んでいく.線画を立体の垂直投影であるとみなすと,線画を投影図に持つ立体の候補は,連立一次方程式(立体復元方程式)の解集合として特徴づけられることに触れ,立体復元方程式の解がだまし絵立体を構成する際に重要な役割を果たしていることが明らかとなる.ただ,解が一意に定まらないことなどから,連立一次方程式の解を求めるという数学にも立ち戻って,線形代数の基礎概念を復習しながら話が展開されている.

第3章:遠近不等式

3章では,立体の遠近関係を与える遠近不等式について解説されている.2章の立体復元方程式は頂点や面に対して成立する等式を考え,その解として立体の候補が得られたが,中には立体を構成しない解も存在する.そのため,本章では頂点や面が満たす遠近関係を不等式で表し,立体を構成する際の条件として立体復元方程式と組み合わせることを考える.これにより,線画が立体を表すための必要十分条件が得られる.さらに,これら線形の方程式・不等式で表された条件のもとで解を探す方法として線形計画法が導入され,立体復元の可否が線形計画問題の最適解とどう対応しているかについて説明されている.

第4章:視点不変性

3章までは垂直投影を前提として理論が展開されていたため,4章では,他の投影法との関係について述べられている.具体的には,無限遠点も扱うことのできる同次座標という道具を導入することで,線画に表される多面体の存在可否の判定は投影方法によらない,という視点不変性が示され,その一方で復元される形は視点の位置によって変わるため,視点が有限の距離にある中心投影に対する立体復元方程式も与えられている.

第5章:立体復元の脆弱性の克服

5章では,人の知覚の柔軟性と数学の厳密さとのギャップについて述べられている.人の知覚では厳密には正しくない立体の投影図であっても立体を認識できるのに対して,同様の投影図に対して立体復元方程式と遠近不等式を構成すると,その系は解をもたず,多面体としては実現できない投影図と判定されてしまう.このギャップを埋めるために,立体復元方程式に含まれる冗長な方程式を取り除くことで,線画をロバストに復元する実用的な計算方法を構成している.

第6章,第7章:錯視デザイン

6章・7章では,それぞれ不可能立体の第一世代である「だまし絵立体」と不可能立体の第二世代である「不可能モーション立体」の具体的な設計法について述べられている.

第8章:線画理解の数理モデル

8章では,本書の締めくくりとして,線画から立体の構造を読み取る一連の手続きを数理モデルとしてまとめ,さらに発展的な勉強をしたい読者に向けて様々な文献の紹介が行われている.

 

このように,本書は読み進めながら実際に「だまし絵立体」や「不可能モーション立体」を作っていくプロセスを追いかけることができるため,不可能立体に興味のある学生・若手研究者にとって最適な入門書となるであろう.不可能立体は2018年時点で第九世代まで進化しており,第三世代「変身立体」以降の内容の書籍化も待ち遠しい.

 


 

Kokichi Sugihara’s Homepage : http://www.isc.meiji.ac.jp/~kokichis/

杉原厚吉の立体錯視の世界 : https://sites.google.com/site/kokichisugihara/

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