書評
『意思決定のための数理モデル入門』(今野 浩, 後藤 順哉 著)
2017年07月28日
成島 康史
なるしま やすし
横浜国立大
本書はオペレーションズ・リサーチ(OR)分野の種々のモデルに対する入門書という位置づけである。本書は著者の一人である今野浩氏の著書である「数理決定法入門―キャンパスのOR」(朝倉書店1992)を大幅改定して書かれている。前身の本の名である「キャンパスのOR」が示す通り、身近な話題を用いてORのモデルを説明しており、大学の学部生やORを初めて学ぶ実務家にもわかりやすい内容となっている。とはいえ、基礎的な内容だけではなく、最近の話題も触れられており、OR初学者以外にとっても一読の価値があると感じた。
本書では身近な問題をテーマにORのモデルを解説しており、各章のタイトルは以下のようになっている。
- クラス編成問題 -線形計画法
- 入学試験合格者数決定問題 -多属性効用分析
- 就職先選択問題 -階層分析法AHP
- 金融工学のすすめ -ポートフォリオ理論
- 大学の効率性評価 -データ包絡分析法DEA
- 大人数クラスの運営法 -ゲーム理論
- クラス編成法の決め方 -投票の理論
- オペレーションズ・リサーチの過去・現在・未来
通常のOR分野の本の場合はモデルや方法の名前が章の名前になっていることが多いが、本書の場合は実際の問題がタイトルとなっており、その解決法を通してORのモデルや解法を学習することができる。また、各章の導入が実際の問題意識から行われており、なぜそのようなモデルが必要なのかなどといった思考プロセスも書かれているため、実際のORでの問題解決の手順を読みながら体験できる。ここでは、いくつかの章の内容についてふれておこうと思う。
1章では大学におけるクラス分け問題を扱っている。学生をクラスに割り振るのであるが、クラスには定員があり、学生全員が第一志望には入れない状況で、学生の満足度の総和を最大にするようなクラス分けを目指そうというものである。これは筆者の実経験に基づくものであろうか、元々使用されていた(あまり効率的ではない)方法の紹介から始まり、線形計画法を導入したモデル、さらにはそれを改良したモデルの提案と話が進んでいく。OR分野では問題解決のためにモデルを導入した後にそのモデルをインクリメンタルに改良していくが、まさにその手順が説明されていることになる。
2章では大学側の立場に立って「入試で何人に合格を出せば最も満足度が高くなるか?」という問題を効用理論を用いて解決を試みている。効用理論の導入部分では公理論から始まっているため、少々敷居が高いようにも感じるが、数値例などを通して理解が深まるような工夫がなされている。
4章では金融工学のすすめと称してポートフォリオ理論についての解説がなされている。基本となるモデルである、平均分散モデルだけではなくファクターモデルやコンパクト分解モデル、さらには平均絶対偏差モデルなども紹介されており、数理モデルに関しては専門書レベルの内容となっている。一方で、CAPM (Capital Asset Pricing Model, 資本資産価格付けモデル) などの説明はないが、OR初学者向けの本としては十分な内容であろう。
5章ではデータ包絡分析法(DEA)を用いて大学の効率評価を行っている。DEAは複数の対象を評価する方法で、各評価対象を多入力多出力システムととらえて、相対的な評価を行う手法である。大学や企業など、様々な入出力を持つ対象の評価手法として有用な方法であるが、大学のテキストとしても使用が想定される本で大学の評価を行うというのは大胆な発想である。私自身も、学生が自分の大学がどのような評価をされているかを知ったら授業は盛り上がるであろうか?などと考えてしまった。
6章ではきちんと出席を取りたい大学教員とできるだけ短い時間だけ教室にいて、出席を取ったら逃げ出したい学生の争いを2人ゼロ和ゲームに帰着させて分析を行っている。大人数教室で座る場所によって必要滞在時間が異なるという少々コミカルな内容から始まり、2人ゼロ和ゲームや均衡の概念、混合戦略の均衡の求め方、ミニマックス定理までを解説している。なお、混合戦略の均衡やミニマックス定理の説明では各プレイヤーの解く問題が線形計画問題であることを意識しており、1章で学習した内容とつながっている。
著者らも前書きでOR初学者向けの入門書と述べているが、読者によって読み方が変わる本であるように思える。前述したように、本書の特徴は身近な問題を入り口としてORの手法を学ぶ点にある。特に、OR初学者のテキストとしては自分たちになじみのある問題が多く、モチベーションの上昇につながるであろう。その一方、ORの知識のある読者にとってはどうだろう?知っている知識が載っているだけの入門書であろうか?答えはNoであると感じる。それは、多くの章が著者らの実際の経験から書かれたものであり、モデル化の工夫や苦労などがリアルに描かれていたり、章の最後には最近の話題や問題提起などが書かれていたりと、OR既学者にとっても楽しめる内容となっているからである。また、8章ではORの歴史などにも触れられており、OR既学者にとっては啓蒙書のような読み方もできるのではないかと感じる本である。