書評

菊地文雄・齊藤宣一「数値解析の原理―現象の解明をめざして」 (岩波書店,2016)

2018年04月25日

田中 健一郎

たなか けんいちろう

東京大学 大学院情報理工学系研究科 数理情報学専攻

本書は,現実問題の数理モデルとして現れる微分方程式などを解く手法という位置づけで,数値計算法とその数理を解説した書籍である.著者の方々の専門は,偏微分方程式の数値解法として不可欠な有限要素法であり,本書では後半で有限要素法の解説が展開されている.本書は第1部と第2部に分かれており,第1部では標準的な数値計算法の基礎が解説され,第2部ではそれらを踏まえて偏微分方程式の数値解法が扱われている.本書の多くの部分は基本的事項を丁寧に解説する内容となっており,特に具体的な問題への各種方法の適用例は,類書にあまり見られないほど詳細に示されている.一方で,第2部の有限要素法の章には,大学院生や研究者にとっても有益な専門的内容が盛り込まれている.以下,第1部と第2部の内容をそれぞれ紹介する.

第1部.

まず第1章では,基本的な物理の問題を例にとって,現象のモデル化とそれに必要な数値計算法が,かなり丁寧な途中計算と共に解説されている.この部分は,数値計算法の類書にはあまり見られないように思われる.第2章から第4章では,連立一次方程式および非線形方程式の解を求める基本的方法が,第5章と第6章では,関数および積分の基本的な近似手法がそれぞれ解説されている.これらについては,具体的な例題が,詳細な計算過程および数値計算結果と共に示されている.これらは,読者が自分で簡単な例題について計算をしてみるための大きな助けとなるであろう.第7章では常微分方程式の初期値問題の数値解法のうち,1段法の解説が行われている.最後の第8章では,実対称行列の固有値問題の解法のうち,べき乗法やJacobi法が解説されている.

第2部.

ここでは偏微分方程式の数値解法が扱われている.最初の第9章は導入的な章で,続く第10章で差分法,第11章で有限要素法の解説がなされ,最後の12章ではこれらの方法の理論的解析に必要な数学的事項がまとめられている.以下,第10章と第11章について述べる.

第10章では,10.1節から10.4節までで,空間1次元の熱方程式に対する差分法の説明がなされている.まず10.1節で微分の標準的な差分近似が示され,10.2節で空間1次元の熱方程式に対して前進差分および後退差分,Crank-Nicolson法(θ法)を適用する方法が示されている.10.3節では数値計算の例が示され,θおよび空間,時間の刻み幅を変えた場合の数値解の様子が図示されている.続く10.4節では,差分法の数学的解析の基本となる整合性,安定性,収束性が解説されている.続く10.5節と10.6節では,それぞれPoisson方程式,1階・2階の波動方程式に対する差分法が解説されている.

第11章は著者の専門分野である有限要素法の解説である.11.1節と11.2節で具体的なモデル問題に対して弱定式化と変分原理が説明された後,11.3節で,それらに対して,双1次形式を用いた一般論の解説と,その具体的問題への適用例が述べられている.続く11.4節では,弱定式化または変分原理を通じて定式化された問題を近似するためのRitz-Galerkin法が説明されている.そして,11.5節で有限要素法が導入される.有限要素法は,Ritz-Galerkin法において,近似関数として領域分割に基づいた区分的多項式近似関数を用いた場合の方法と考えることができる.そこで本節では,まず1次元区間に対する区分的線形関数を用いた方法,次いで2次元領域における三角形分割に基づいた区分的線形関数を用いた方法が解説されている.なお,有限要素(略して要素)とは,区間や領域を分割してできる個々の小区間や小領域のことを指す.ここでも具体例に対する計算が丁寧に書かれており,これらを順に追えば,理解が深まるだけでなく,有限要素法を現実問題へ適用する技術も身につけやすくなるであろう.次の11.6節では,色々な要素が各要素に応じた関数近似法と共に紹介されている.また,有限要素法では,剛性行列などの導出に現れる内積を計算するために数値積分が必要になる.その点についても本節の末尾で簡単に言及されている.11.7節では有限要素法の数学的誤差解析の基礎が解説されている.この誤差解析では,関数解析的手法が用いられると共に,各要素における補間関数の近似精度の理論も必要になる.本節ではそのうち基本的なものについて解説が行われている.実質的には最後の節となる11.8節では,「各種の話題」と題して,いくつかの専門的な題材が取り上げられている.本稿では一つ一つ述べることは避けるが,近年よく研究されている非適合有限要素法に関する記述など,研究への入口となるであろう内容が多い.

以上で述べたように,本書は第1部と第2部に分かれているが,このことによって,各種の基本的な数値計算法が,どう統合されて偏微分方程式の数値解法に用いられるかが俯瞰しやすくなっており,これは特に初学者にとって有益であろう.特に第1部は,数値解析全般を学ぼうとする初学者にお勧めできる.また,偏微分方程式の数値解法の基礎を学び始めようとする読者には,さらに第2部の11.5節までが良いテキストとなるであろう.そして,第2部の11.6節以降は,有限要素法をこれから研究しようとする大学院生や研究者にお勧めできる.最後に,随所に現れる歴史的事項に関する記述も興味深いものであることを指摘しておきたい.