書評

二宮広和「侵入・伝播と拡散方程式」(共立出版,2014)

2017年10月24日

物部 治徳

ものべ はるのり

岡山大学

本書は、二宮広和氏の研究の一部である反応拡散方程式(系)の伝播現象、特に進行波解や特異摂動に関連する解析手法を、学部4年生や院生が学べるように書いた本である。伝播現象は、音や波をはじめドミノ倒しや噂話など日常の中にたくさん存在しており、その数理構造を理解することは極めて重要である。進行波解など伝播現象にふれた書籍はあるが、その多くは複数の話題の一部として取り上げるため、数学的な内容は部分的であり、全体の流れに関する説明が簡素である。本書のねらいは、進行波解などの伝播現象に話題を特化させることで、それらの細かい部分になるべく触れ、拡散と非線形性が作り出す伝播現象のメカニズムを理論的に説明することである。

1章、2章では自然界にみられる伝播現象の具体例をあげ、それらに対応する数理モデルの解説が記述されている。例えば、ロトカ・ヴォルテラ方程式、フィッツフュー・南雲方程式、アレン・カーン・南雲方程式などに触れている。ここではアイソクライン法などを用いて常微分方程式の解析も行われている。

3章では、拡散方程式(または熱方程式)の導出を行い、基本解、進行波解、全域解また解の適切性についても触れている。

4章では、拡散方程式に非線形項を加えた反応拡散方程式の進行波解の解析に入る。この章では、反応拡散方程式(系)の進行波解を解析する上で基本かつ最重要である双安定系のアレン・カーン・南雲方程式に着目している。2つの安定平衡点を繋ぐ進行波解(ハクスリー解)の導出や、安定平衡解と不安定平衡解を結ぶ進行波解の導出を説明している。後半は、双安定系の性質を持つより一般の非線形項に対する進行波解の存在について言及している。

5章では、楕円型・放物型方程式の解析をする上で強力なツールである最大値原理、および、そこから導かれる解の順序保存則や反応拡散方程式の不変領域を説明している。後半は、楕円型方程式の解の存在や進行波解の優解、劣解の存在を保証する重要な定理を紹介している。

6章では、前半に1次元の双安定なアレン・カーン型および単安定なフィッシャー・KPP型の反応拡散方程式の進行波解の安定性について言及している。特に、進行波解の速度は、遠方のオーダーが本質であること、また最小速度と非線形項の関係性などについて書かれている。後半は、多次元領域における進行波について言及しており、著者と谷口雅治氏によって見つけられたV字型進行波およびそれに関する研究結果が述べられている。

7章では、話が変わり曲線運動方程式を扱う。最初に時間発展する曲線運動の基礎的な性質に触れている。その後、特異摂動論を用いることで、アレン・カーン・南雲方程式の縮約方程式が、平均曲率流方程式で表されることや、またフィッツフュー・南雲方程式の縮約方程式が、自由境界問題として表されることを説明している。

8章では、様々な反応拡散方程式系の進行波解について触れている。4、6章で触れたアレン・カーン・南雲方程式やフィッシャー・KPP方程式の進行波解は方程式の性質から波形が単調で合ったが、ここでは特に、Murray et. al による狂犬病の数理モデルやフィッツフュー・南雲方程式に表れる、非単調な波形を持つ進行波解の解析について触れている。

最後に、補足としてA, B章でそれぞれ力学系、関数解析、数値計算の内容に触れており、C章では各自で数値計算ができるように反応拡散方程式のアルゴリズムが記述されている。以上がこの本の概要となる。

本書は文章が端的にまとめられており、問題の提起や、解の見つけ方などが丁寧に説明してある。初学者は1章から、専門家は4章から読み進めるといいだろう。なお、1〜3章の内容は進行波解を解説するまでの準備となっている。なお、「反応拡散方程式」(著:柳田英二, 東京大学出版会)などを参照すると、理解が一層深まるだろう。4、6章では、進行波解を研究する上で重要な定理がまとめられており全体の流れが掴みやすい。また、著者が発見したV字型進行波解の発見に至るまでの思考が書かれており、とても興味深い。7章で扱う特異摂動論は、細かい部分まで計算をしているため参考になる。なお、曲線の運動方程式の性質に関しては同シリーズの「界面現象と曲線の微積分」(著:矢崎成俊, 共立出版)を参考にするとより深い理解が得られるだろう。

最後に、方程式の複雑さが増す昨今において、二宮広和氏は、それらの複雑なモデルを理論解析する一つの方法として、特殊解や、縮約方程式を解析することが極めて重要であると考えているように思える。一方で、進行波解や縮約方程式などの理論全体を書いた洋書はあるものの、和書が極端に少なかった。ここ最近、研究集会で本書を参考文献とする日本の研究者が増えているのを目の当たりにしており、日本の多くの研究者がこの本の出版を待ちわびていたのではないだろうか。