書評
『モデリングの諸相 (シリーズ:最適化モデリング)』(室田 一雄 (著), 池上 敦子 (著), 土谷 隆 (著), 山下 浩 (著), 蒲地 政文 (著), 畔上 秀幸 (著), 斉藤 努 (著), 枇々木 規雄 (著), 滝根 哲哉 (著), 金森 敬文 (著), 日本オペレーションズ・リサーチ学会 (監修))
2017年02月20日
山田 裕通
やまだ ひろみち
株式会社構造計画研究所 通信システム部
2015年より日本オペレーションズ・リサーチ学会の監修で刊行されているシリーズ:最適化モデリング(全6巻)の2点目として刊行された本書は、学識者5名とIT企業人2名による分担執筆に依り編まれている。 編者による本書の副題「ORと数理科学の交叉点」の字解きに依れば、本書各章で取り上げられているような機械、金融、気象・海洋といった具体的な対象をタテ型分野とし、数理技術をヨコ型分野としたときに、『タテ型とヨコ型分野の交わるところの混沌の面白さと悩ましさを象徴的に表した』とされる。各章では一本の縦線に係る幾つもの交叉点の悩ましくも面白い様が活写されており、本書を通読すれば織り成されたテクスチャにモデリングの妙味が浮かび上がってくるだろう。なお、縦線同士が複雑に絡み合うものではないので、興味を惹く章だけをつまみ読みしても楽しむことができる。本欄では、力学的な性質を持った対象を洞察した2編を中心に内容を紹介するが、いずれの読者においても本書を開けば関心を抱く分野と近しい論考が見当たるのではないだろうか。
◇
水工土木工学を専攻ののち長く気象庁で海洋分野での気象予測に係る研究に従事してきた蒲地氏による2章では、力学則と観測値から分布データを作成するデータ同化という手法について解説されている。データ同化手法には、平均値の統計的推定法(最小分散推定)に基礎を置く最適内挿法やカルマンフィルターの系列と、最頻値の推定法(最尤法あるいはMAP推定)に基礎を置く変分法の系列とがあるという。また応用例としては黒潮の予測や震災漂流物の分布予測など5例が紹介されている。 大洋に観測点の数は少なくとも、確立されたモデルによって細かい分解能で精緻な予測を実現していることがわかる。今後はモデルのみならず、センシング技術の発達や、予測や実況を伝達するサービスの発達により、環境保護、防災、漁業、海運など多方面の維持可能性が向上するものと期待する。 機械工学において弾性体をはじめとする連続体の境界形状の設計手法を研究してきた畔上氏による3章では、部材の断面積のような連続体の形状を記述するパラメータを設計変数とする最適形状設計のモデリングについて説明されている。1次元、2次元、3次元の線形弾性体の定式化と勾配法など解法が順に紹介されており、平面構造と立体構造の変形のメカニズムが同じ特徴を持つことを数式からうかがい知ることができる。また関数空間が簡単な最適設計問題と同じ構造を持つという指摘も興味深い。 現場の機械設計者が用いるCAEソフトウェアにおいては、1変数の相対比較や感度分析に留まらず、全体形状の最適化を行う製品が近年登場している。建築、土木、船舶、航空などの分野でも構造最適化のモデリングがますます進展することだろう。 金融工学を専門とする枇々木氏による5章では資産運用のためのポートフォリオ最適化のモデリングが、また金森氏による7章でも統計的機械学習を用いたリスク尺度のモデリングが、それぞれ解説されている。いずれも数理ファイナンスや金融経済学のアプローチと、金融工学やORのアプローチとの対比が小気味よい。 通信トラヒック工学とする滝根氏による6章では、待ち行列モデルが取り上げられている。決定論的なモデルに比した確率モデルに関する考察の明快さには、ケンドール記号に目が泳いでしまうような無学な評者であっても一切の衒いを感じることはなかった。 いずれもIT企業の立場で実務に専心されてきた山下氏、斉藤氏による1章および4章については、同業者である評者には以前より見知った逸話も多少あったが、実務家に触れることの少ない読者の目にはこうした逸話が新鮮に映るのではないだろうか。
◇
自身が対面している現実問題を具象化したいという切実な要求を持ってそのための技術として数理モデルの構築を数多と重ねてきた著者らによる論考には、如何に自身の抱える問題を一般化して簡素な数式で表現するかというモデリングの実践が凝縮されている。最適化という言葉に対するアルゴリズムと数理への傾斜を憂えてモデリングの視点で多様なテーマを考察するという本シリーズのなかでも、本書は要諦を為す一点となることだろう。