書評
『モデリング:広い視野を求めて』(室田 一雄,池上 敦子,土谷 隆 編)
2015年12月18日
三井 斌友
みつい たけとも
名古屋大学名誉教授
日本オペレーションズ・リサーチ学会(OR 学会)が,その創立 60 周年記念事業の一つとして行っている出版”シリーズ:最適化モデリング”の第1巻として刊行されたのが本書である.刊行趣旨には「モデリングに関する幅広い視点での議論を紹介」とあるように,既刊行論説,新たな書き下ろしの16編の寄稿(各章)から成る構成であって,OR 学会が総力を挙げて取り組んでいる意気込みがうかがえる.
様々な現象 — 自然科学,工学はもとより社会科学あるいは人文科学まで広く考えたときの現象 — を数理的に解明・分析・予測するためには,モデリング(モデル作り)が不可欠であることは言うまでもない.しかしモデリング一般を論じるという立場は,まだあまり発展してはいないように思われる.先例に倣うという,どちらかというと”経験と勘”に頼る面が少なくないなかで,本書は,最適化モデリングと限定はしているものの,モデリング論,その”哲学”に迫ろうという試みを実行している数少ない成書と言えよう.限定はしているものの,それでも最適化というアプローチが広範な対象を扱うから,取り上げられている話題も多岐にわたっていて,本書を手に取ったとき,目がくらんでしまいそうである.幸い編集者諸氏が「はじめに」として,各寄稿の解題を行っているので,それを手がかりに読み進めるのが賢明である.
各章の内容を大別すると,モデリングの特徴を述べ,それを適用して得られた意義や成果の記述と,寄稿者のモデリングの経験からえられた”哲学”の記述とに分かれる.前者ももちろん興味深いし,こういうモデリングがあるのか,こういうアプローチがあるのかを知ることで,実践上の参考になるところは少なくないと思うが,本書評では後者の中から印象深かった箇所を取り上げてみたい.
14章(久保幹雄氏)では「モデリングのための覚え書き」として,久保氏の経験から”モデルの分類”,”モデルの評価尺度”,”モデリングのための十戒”が述べられている.評価尺度として汎用性・単純性・拡張の容易さ・新規性・重要性が挙げられている.伊理正夫氏はさらに”適切さ”も重要なファクターであると強調する(3章,16章).この視点は,10章(木村英紀氏)「モデル学は可能か」にも共通するように感じられる.木村氏は「対象や目的に依存しない普遍的なモデルとモデリングの理論を作り上げることは可能であろうか?」という大胆な問題提起を行い,自ら「私は困難ではあるが可能と思う.というより,作らなければならないと考えている」と答えている.モデル学— それこそ本書の目的であり,モデリングとその周辺に従事する人々の願ってやまないところであろうが,本書を一読してもまだまだ容易ではないと感じられるのである.
故赤池弘次氏は1章でゴルフ・スイング動作の解析について,同氏が見出したモデルと,それに至る過程を述べている.そこへモデリングの評価尺度を適用して評価することも,興味深いとは思うが,どうやら筆者の能力の及ぶところではなさそうで,残念ながら撤退せざるをえない.「”上手なモデル作り”をするには,各種の数学モデルの複雑さについての知識が基本的に重要である」(16章,伊理氏)ことを思い知らされるのである.「モデリング支援システムのようなものがないか,という質問もよく受ける」(4章,茨木俊秀氏)のも当然であるが,本書あるいは本シリーズ・最適化モデリングがその方向に資することを願っている.
最後に蛇足を.モデリングあるいはそれに基づくシミュレーションでは,アルゴリズムとともにデータも重要な要素と思う.データとモデリング”哲学”との関係もどこかで論じてもらえるとありがたいと期待している.