書評
『数理最適化の実践ガイド』(穴井 宏和 著)
2013年08月06日
山田 裕通
やまだ ひろみち
(株)構造計画研究所
数理最適化の実践ガイド (KS理工学専門書)
穴井 宏和 著
講談社, 2013年
日々増殖するビッグデータや、計測や制御の精度向上によって解析可能となった新奇のデータを手にして、数理最適化を実践している、もしくは実践したいと考えている実務家は多いことだろう。しかし実践には理論が伴わなければならない。理論的な理解がおぼつかないままソルバをブラックボックスとして利用しようとしても、実務上の問題解決に資するソルバ選定や定式化を行うことは難しい。
かく言う評者も、学生の時分に数理科学を修めないまま実務において離散最適化に取り組んでいる、いわば“もぐり”の最適化ユーザである。モデリングにあたり「実践」と名のつくような類書を参照することはあるが、これらの書籍ではソルバ仕様や定式化の解説はされていても、理論については十分な説明がない。他方、最適化理論の専門書は敷居が高く、評者のような無精者は本が厚いというだけで敬遠してしまう。理論に関心を抱きつつも無学のまま、これまで最適化ソルバを利用してきた。
本書は、評者のように数理最適化の理論に関心を持つ読者、とりわけ連続最適化の初学者にとって、実践に必要な理論の勘所を得るための好著である。ソルバを使う人、すなわちエンジニアやアナリストに向けて書かれた本ではあるが、本書は特定のソルバやモデリング言語、ツールの使い方について説明する本ではない。本書の主眼とするところは、ソルバの背景にある数理最適化の基本的な理論やアルゴリズムについて、初学者のガイドとなることであり、次に示すいくつかの特徴にそのことが表れ出ている。
第一の特徴は、実務家が知っておくべき必要最小限の内容に限って記載されているという点である。著者の穴井氏は富士通グループ内の問題解決に数理最適化の適用を実践されてきた実務家であるが、本書ではその経験に基づいて、伝統的なものから最先端のものまで数多ある連続最適化アルゴリズムの中から選ばれた、応用上有用なアルゴリズムが紹介されている。同時に、それぞれのアルゴリズムの説明は詳細に入り込むことなく、適度な記述量となっている。図が豊富で、薄くて軽い本書は、初学者にも手に取りやすい。
第二の特徴は、用語の定義が簡明になされているという点である。他の入門書では、入門を謳っておきながら、凸計画、緩和、双対といった用語が解説なしに登場して、面くらうことがしばしばある。本書では、前半にページを割いてこれらの基本的な概念について解説されており、微積分や線形代数の初等的な知識があれば、他に前提知識がなくとも読み進めることができるよう配慮されている。
第三の特徴は、読者が次に手に取るべき図書として、実務家が手に取りやすい比較的近刊の和書が紹介されているという点である。おそらくは本書の執筆にあたって参考文献とされた専門書は多数あったかと拝察するが、読者の発展的な学習に役立つという観点で選りすぐられているのだろう。本書の読者は連続最適化の学習にとどまらず、本書を皮切りにして、離散最適化や品質工学など数理最適化の諸分野へと学びを進めることができる。
本書を通読し、あるいはつまみ食いすることで、実践に必要な理論を身につけた読者は、いよいよ数理最適化を実践したいと思うはずである。実際に手を動かして数理最適化に取り組む際には、本書に紹介されている図書や、より近刊では久保幹雄 他「あたらしい数理最適化」、あるいは応用数理23巻1号のチュートリアルが参考になる。実践の中で理論に不明な点があったとしても、本書を座右においていればいつでも立ち戻って、専門的な文献に進む道しるべにできるだろう。