書評
『見えざる宇宙のかたち』(シン・トウン・ヤウ, スティーブ・ネイディス 著、水谷 淳 訳)
2013年06月26日
奥村 弘
おくむら ひろし
富山大学 総合情報基盤センター
見えざる宇宙のかたち
シン・トウン・ヤウ, スティーブ・ネイディス 著・水谷 淳 訳
岩波書店, 2012年
本書(原題 The Shape of Inner Universe)では、代数幾何および「ひも理論」として有名な数理物理において重要な役割を担っている「カラビ=ヤウ多様体」の数学的概念を、その生みの親でありフィールズ賞受賞者であるシン=トゥン・ヤウ自身がその難解な諸概念を多数の図版と平易な解説により語り尽くしている。
ヤウは本書の中で次のように述べている。
「カラビ=ヤウ多様体は、単にひも理論の代数幾何原理にとどまらない。カラビ=ヤウ多様体を含めた10次元宇宙は、我々の存在する世界そのものである」
ひも理論によれば、我々は10次元宇宙に住んでいることになる。ひも理論とは、粒子を0次元ではなく1次元のひも(弦)とした仮説によって導き出された理論である。日常、ヒトの五感によって認識している(と思っている)ものは4次元時空間である。では、行方不明となっている残りの6つの次元(時空の余剰次元)はどこにあるのか? ヤウは、これら6次元はカラビ=ヤウ多様体として知られる奇怪な構造の中に丸まっていること、そして、カラビ=ヤウ多様体の存在を数学によって証明した。特に、超弦理論では、時空の余剰次元が6次元(実次元)のカラビ=ヤウ多様体の形(邦題である『見えざる宇宙のかたち』)をしていると予想されている。この余剰次元の考え方が、ミラー対称性の考えを導くことになった。
なお、序章とエピローグに、ヤウはプラトンの言葉を引用している。
「残る五番目の構造物(正十二面体)が残っている。神はそれを宇宙全体に使い、その上に他の図形が刺繍されている」
プラトンの「万物理論」は、現代数学者が反駁するための格好の材料となるが、プラトンの宇宙観とヤウの示す宇宙観にはいくつもの類似性がある。どちらの方法においても、幾何化、つまり、観測される物理は幾何から直接生じているという考え方が中核をなしている。現代数学から見れば、プラトンの描いたシナリオは辻褄が合っていない。しかし、大きなアナロジーとして見れば、プラトンは現代数理物理における重要な鍵として、対称性、双対性などの幾何化の原理を発見している。ヤウは2400年も前に生きたプラトンに習ったのである。『ティマイオス』の最後にプラトンは述べる。
「誰かがこの主張を検証にかけ、それが正しくないことを発見したなら、その人物は賞賛に値し、祝福を受けるだろう」
ヤウがそうであったように、数学に挑戦する者は永遠なるプラトンの弟子なのである。