ラボラトリーズ

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校滞在記

2020年06月09日

松江 要

まつえ かなめ

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所

2018年9月下旬より2019年3月末まで、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(The University of Illinois at Urbana-Champaign, 略称UIUC)機械科学工学研究科に研究滞在した。本稿はその記録である。

本滞在は九州大学マス・フォア・インダストリ研究所のスタッフとしてではなく、著者のもう1つの所属である「カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所」、通称 I2CNER(アイスナー)のスタッフとしての研究プロジェクト、またサテライト機関でもあるUIUCとの共同研究プロジェクトの一環として実施したものである。

UIUCはその名が示す通り、イリノイ州の「シャンペーン」「アーバナ」という2つの町にまたがる大学である。特に買い物や食事で人が集まる(と著者が思っている)のはシャンペーンなので、今後シャンペーンを軸に話を進める。著者が滞在したのは秋から初春にかけて。この時期のシャンペーン、とにかく寒い。11月初旬には初雪、気温も氷点下にいく。滞在初期は9月下旬であったが、その時もなかなかの寒さである。今回は半年の滞在だったので、UIUCが管理する賃貸住宅エリア (Orchard Downs) でアパートを借りる事ができたが、まず困ったのが、ベッドはあれど
「布団がない」。
夜の寒さは非常に堪えるもので、滞在開始後1週間、ベッドの上でコートにくるまって夜を越した。あれ、ここにサバイバルに来たんだっけか?

滞在から数日、そんな話をI2CNERのPetros Sofronis所長(UIUCの教授でもある)にしたところ、
「お前バカか」と。
その週末、所長にWalmart(複合ショッピングモールよろしく、めちゃめちゃでかい!)に強制連行、もとい連れていってもらい、毛布をようやくゲット、アパートでの生活もようやく人並みにできるようになった。

さて、UIUCでのテーマである「燃焼」の話に取り組み始めたのは2017年。最初は車のエンジン内の炎のモデルとなっている「球状伝播乱流火炎」の数理解析をやる予定で、今回の長期滞在の1年前から論文を読み漁り、モデル導出と数値計算をずっと試みていたが、そもそも先行結果の再現すらまともにできず立ち往生、Matalon教授やその博士課程学生であるShikhar Mohan氏との議論も虚しく、完全に迷宮入りした。このままだと滞在期間を棒に振ってしまう。これはまずい。それを見かねたMatalon教授が「別のネタがあるけどそっちやってみる?」との提案。これまでの取り組みをほぼ捨てることになるが、1日だけ考えて返事。

「やります」

そこで取り組み始めたのが「火炎伝播における重力の効果」の考察。これまで教授の研究室で考案・考察されてきた炎の「流体力学モデル」に、重力に伴う外力を付け加えただけ。数理的にはこれだけの差なのだが、Matalon教授曰く「何が起こるかわからない」と。Navier-Stokes方程式をベースとした炎のダイナミクスの計算コードはMohan氏にアレンジしてもらい、自分はその数値計算と数学的単純化モデルである”Sivashinksy型方程式”の考察を行った。

既存研究にアレンジを少し加えただけのモデルの解析なのだが、正しい計算をやっているか徐々にわからなくなってきた。というのも、アレンジである「重力」の効果の有無で炎の振る舞いが全然違う。またこれが致命的なのだが、先行研究が極僅かしかない。あくまで「燃焼」の研究なので、実際の炎の振る舞いと見比べて妥当性を判断して然るべきなのだが、そもそも重力を考察の軸にした実験が非常に限られている。調べてみるとそれもそのはず、炎は考慮するべき物理的・化学的・工学的因子が非常に多いために各現象に支配的な因子を判断しづらく、こと重力となると「無重力 vs. 重力」を考慮しなければならない。すると、比較のための実験場所は必然的に宇宙、あるいは高高度で放物線飛行を繰り返す飛行機の中となる。つまり、実験コストが桁外れ。そんな事実を知るにつれ、このネタが燃焼の基礎原理の理解に非常に大きく貢献し得るものだと認識を改めるようになった。

ここから「破竹の勢いで研究が進む」となれば理想的ではあるが、実際は一進一退、いや一歩進んで二歩下がっていたのがほとんどか。元々バックグラウンドがない分野にガチンコ勝負を挑むと、こういう時精神的に堪える。チーム3人が3人とも退っ引きならない事態に何度も遭いつつ、滞在最終月にはMatalon教授の研究室で培ってきた技術を用いた研究を、外でなんとか話せるほどの形にする。とはいえ、「これ、取り組むのが自分でなくても良かったのでは?」という、自分がネタをやる時によく陥るモヤモヤ感はどうしても拭えず。
そんな中、滞在終了3週間前、「自分の色」を全面に押し出せる気付きをようやく得る。
そこからは寝る間を惜しんで一気に進め、先の研究ネタと組み合わせる事で、炎の一側面を見出す結果を取りまとめる事ができた。近年応用数理学会、燃焼学会など様々な場所で喋っている「炎の話題」はこの時できたものである。

研究以外のUIUC、及びシャンペーンでの生活はどうだったか?基本的に車社会であるアメリカ、特にUIUCのあるシャンペーンはどちらかというと田舎で、車がないとどこにも行けない。「今の研究状況で半年の滞在だったら・・・」という事で車はナシ、よって大学とアパートの往復だけ。移動手段はUIUC関係者なら乗り放題のバス。このバスも感謝祭やクリスマス、正月に文字通り「完全にストップ」したり、冬休み中のダイヤの大幅変更でアパートに戻れなくなったりとこれもまぁ色々あった。「外出」を強いて挙げるならば大学近くのカフェやバーを開拓して、コーヒー飲んでハンバーガー食べてカクテルを飲んでいたくらい。しかしカフェやバーに出かけようにも、シャンペーンの冬はそれすら躊躇ってしまうほど寒い。2019年1月末には「-40℃」という「外出自粛しないと死ぬ」を文字通りの意味で表現する悲惨な日があった。ここまでは行かないまでも、-10℃ ~ -20℃はザラである。-5℃くらいで「おぉ~今日はあったかい!」と何度思ったことか。

その他、海外での長期滞在が初めてということもあり、他国の日常がほとんどわからない。そこで、「こっちの大学の授業風景はどんな感じだろう?」という事を軽い感じでSofronis所長に話したところ、どこでボタンを掛け違えたか、所長の大学院講義「固体物理学」をガチンコで受けることになった。ちなみにこちらの講義、所長のスケジュールの都合もあって1回の授業が2時間、不定期ではあるが週3~4回。時に朝8時から2時間と、夜6時から8時までというハードな日もあったり。受講者は6人くらい。新参者の自分に対して全員の前で「日本から来たすごい数学者だよ」と所長に意味不明なハードルの上げられ方をされ、講義中には集中的に質問されたり。

すいません、固体物理周辺、勉強するのも初めてなんですけど・・・。

対抗して毎回こちらも質問。ここまで来るとただの意地。他の学生さんも積極的に質問したり、所長が注文したピザを全員で貪りながら講義したり。レポート課題は毎週出ていた気がする。講義中に、産業で使われる鉄鋼材料や部品の扱いを学生の将来ビジョンと絡めて討論が始まった時は流石に「何事!?」と思った。これがUIUCか。「良い意味で自由」かつ「熱のある」雰囲気だったのを覚えている。

ちなみに滞在中、数学科にも顔を出した。Sofronis所長の友人でもあるYuliy Baryshnikov教授を紹介され、UIUCの微分方程式系のセミナーで講演。これが11月、燃焼研究を中心していたために完全に息抜き。「あ、自分やっぱり『こっち側』の人間なんだ」と思い知った次第。雰囲気は工学研究科と同様、熱があった。滞在最終月である3月には九大工学部からの交換留学生6人がUIUCにやってきたおかげで、Sofronis所長やその秘書さん含めて話し相手に事欠かなかったのは少なからず支えになった。


こんな感じで、滞在時間のほとんどをUIUCの研究室で過ごした今回の滞在。

大学限定ではあるが、自分が数学にバックグラウンドを持つ人間だと半ば忘れるくらいには他分野の視点や価値に触れられて、先生方、学生さん等と幅広い考えをいろいろ共有できた半年だった。他にも研究室での討論の雰囲気やキャンパスの様子を語る充分なネタがあるのだが、記事の制約上、やむなくここで筆を止める。