ラボラトリーズ

香港理工大学滞在記

2020年06月09日

上田 祐暉

うえだ ゆうき

早稲田大学理工学術院

私は2019年4月から2020年3月まで、香港理工大学に滞在しました。本稿では、拙筆ながら私の香港滞在について紹介いたします。

香港理工大学(The Hong Kong Polytechnic University)は、1937年に設置された職業専門学校を前身とする公立大学であり、1994年に総合大学として現在の名前になりました。キャンパスは香港の鉄道であるMTRの紅磡駅から高架で渡った場所にあり、交通アクセスが良く周辺も活気にあふれていました。香港理工大は学生数25800人ほどの規模を誇る総合大学であり、数多くの部局が設置されています。私は応用数理部局の李歩扬(Buyang Li)先生の下で研究に従事しました。香港理工大学には数学科が存在せず、応用科学の研究部門の一つとして応用数理部局が設置されています。そこには最適化や確率、数理ファイナンスなどと並び、工学や数値計算に関連した研究グループがあり、私はそこで有限要素法の研究をしていました。李先生も有限要素法がご専門であり、滞在中は李先生及び共同研究者の方々と議論する機会に恵まれました。

香港での生活が始まった当初、最も印象的だったのは人の多さです。大規模な商業施設があちこちにあり、観光客らしき人たちで賑わうモダンな華やかさがある一方で、少し脇の道に入るとどこか中華風の街並みが広がり、こちらも現地の人やおそらく東南アジア地域からの出稼ぎであろう人たちで賑わっていました。特に休日になると、非常に多くの人が公園や高架にビニールシートを広げてピクニックのように食事を取る様子は衝撃的でした。人が多いのは街中だけでなく大学でも同様で、香港理工大学以外の大学を訪れた際も学生の多さと密度の高さを感じました。学生の熱気が大学全体のエネルギーのように感じられ、私自身も熱意にあふれていました。香港での研究者や学生とのやり取りにとても刺激を受けました。

香港での滞在中に、中国本土の研究集会に参加する機会をいただきましたので、本稿ではその点にも短く触れたいと思います。2019年6月に、中国の武漢で開催されたEASIAMのシンポジウムに参加しました。香港から武漢へは飛行機で1時間程の距離ですが、私は中国高速鉄道で往復しました。高速鉄道は日本の新幹線とよく似た雰囲気で、多くの利用客が気軽に香港と中国本土の間を行き来しているようでした。武漢の街は、非常に大規模な都市という一面と、多くの湖のあるリゾート地のような雰囲気とが混在した場所だと感じました。また11月には、北京計算科学研究センターで講演する機会をいただき、4日間滞在しました。香港から北京へは高速鉄道でも行けるのですが、非常に時間がかかるため飛行機で往復しました。北京計算科学研究センターは、街の中心部から少し離れた場所にあり、広大な敷地と真新しい建物が印象的でした。そこで研究している方々はとても気さくな雰囲気で、オシャレな休憩所でコーヒーを飲みながら研究の話をさせていただきました。どちらも貴重な経験を得ることができ、また多くのことを学ぶことができました。

私の香港滞在は、とても楽しく良い刺激を受けるものでしたが、同時期に大規模なデモ活動が行われ、またコロナウィルスが話題になり始めた時期とも重なったため、多くの方にご心配をおかけすることとなりました。この場を借りてご心配いただいたことに感謝するとともに、私の見た現地の様子を述べたいと思います。

香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする条例に反対する人々のデモ活動は、2019年6月頃から活発になりました。特に6月9日のデモはかつてない大規模なものであり、これ以降デモ参加者や警察の暴力的な様子が見られるようになりました。この頃から地下鉄施設の破壊などが行われ、夜間の外出は控える風潮になりましたが、まだ日中の外出には支障ありませんでした。また、日中にデモ行進に出会うことがあっても、概して平和的なものであり身の危険を感じることはありませんでした。しばらくはその状態が続いたのですが、次第に緊迫感が増しているように感じられました。特に11月には香港理工大学もデモ隊に占拠され、構内に入れない状態になりました。私自身はその直後に日本に一時帰国したので、香港の様子はニュース報道でしか分からない状態でしたが、デモ隊が撤収した後も大学構内の復旧に時間がかかるため、自宅待機するよう大学事務から求められていました。

年が明けてようやく構内の復旧作業が終わり、少しずつ落ち着きを取り戻すのかと思った矢先、今度は中国本土でコロナウィルスの蔓延が話題となりました。香港ではかなり早い段階でマスクやトイレットペーパーの買占めなどが起こり、香港全体が敏感に反応しているようでした。大学も早々に入構が制限されたため、日本に帰国まで自宅待機を続けることになりました。

このようなトラブルに見舞われつつも、なんとか研究を続けることができたことは幸いでした。日本に一時帰国中および香港での自宅待機中にも、李先生にはインターネットでの議論に時間を割いていただきました。ただ、帰国前に直接お会いできなかったことが心残りで、一日も早くコロナウィルスの事態が収まることを願ってやみません。

謝辞

私に香港滞在を勧めていただいた齊藤宣一先生に、この場を狩りて厚く御礼申し上げます。また、李先生をはじめ様々な方に、研究だけでなく現地での生活に関しても大変お世話になりました。日本に一時帰国中は、齊藤宣一先生、柏原崇人先生、滝沢研二先生、柴田良弘先生をはじめ、多くの方にお世話になりました。最後に、本稿執筆の機会を与えて下さった秋山正和先生に御礼申し上げます。