ラボラトリーズ
明治大学総合数理学部の紹介 –常に新鮮、常に挑戦–
2013年09月24日
砂田利一
すなだとしかず
明治大学総合数理学部
今年(2013年)4月に開設された総合数理学部は明治大学の10番目の学部である。JR中央線・総武線の中野駅から西に歩いて約10分、警察大学校の跡地にできた「中野四季の都市(まち)」の一角にある14階建ての校舎がキャンパスである(警察大学校の前は陸軍中野学校、さらに遡れば将軍徳川綱吉(犬公方)が犬を保護していた施設があった場所である)。総合数理学部は現象数理学科、先端メディアサイエンス学科、ネットワークデザイン学科の3つの学科からなり、学生定員は1学年260名、専任教員数は完成年度(2017年)で42名の小規模な組織ではあるが、既存の理工学系の分野を超えて、「社会に貢献する数理科学を創造・展開・発信する」ことを目的とし、「数理科学と情報技術を学ぶことにより、さまざまな分野に応用できるようなグローバルな人材を輩出する」ことを目指している。
数理科学のコアである数理(数学)の教育研究を行う学科は多数あるが、数理という言葉を含む学部は我が国では初めてである。「何故、明治大学に数理科学の学部?」という疑問に答えよう。2006年に文部科学省科学技術政策研究所が提出した報告書「忘れられた科学-数学」は、次のように言っている(要旨)。「数学研究の振興は、イノベーションの可能性を間接的に増加させるという意味でも重要であり、これまで日本では十分に行われてこなかったと思われる数学と産業、あるいは数学と他分野との共同研究実施に向けた検討や体制整備が必要である」。 このショッキングな報告書に応える形で、明治大学の数学科では数理科学の振興のため、複数の文科省プロジェクトに応募してきた。その結果、大学院GP3件(魅力ある大学院教育「社会との関わりを重視したMTS数理科学教育」、組織的な大学院教育改革推進プログラム「社会に数理科学を発信する次世代型人材創発」、「数理生命科学融合教育コンソーシアムの形成」(広島大学との共同申請))が採択され、さらに「現象数理学の形成と発展」を課題としたグローバルCOEも、数物系の中では私学としてただ1つ採択された。また、高度な数理科学の教育・研究の拠点として、先端数理科学インスティチュート(MIMS)、大学院先端数理科学研究科現象数理学専攻を設置した。今回の学部設置は、このような活動に直接的に接続するものである。通常は学部の後に大学院が設置されるのであるが、これが逆になったのは、先ずは数理科学の研究拠点形成に力を注いだからである。現在もポストGCOEとして、総合数理学部やMIMSを拠点とする複数の大型プロジェクトに申請している。特にMIMSでは、「現象数理学研究拠点」を今年度から発足し、GCOEでの理念を継承する活動を始めている。
当然のことながら、新しい学部を創るのには大きなリスクが伴う。特に数理科学を標榜する我が国では初めての学部ということで、巷では危うさを指摘する声もあった。設置前の専門部会、準備委員会でも、一体どのくらいの志願者がいるのか、合格者の中で入学する学生の数はどのくらいいるのかと、心配の種はつきなかったのである。しかし、結果としては約4000名の志願者があり、入学者数は450名を超える状況であった。その背景にあるのは、明治大学の教育への信頼が第一にあったこと、また新宿副都心に近い中野という「地の利」(中央線では新宿から一駅)、さらに「中野四季の都市」というコンセプトの下で作られた魅力ある環境などが受験生を惹きつけたと考えられる。もちろん、数理科学の重要性に対する理解が広く社会に行き渡ってきたことも、初年度に関わらず志願者数が予想より多かった理由であろう。
各学科の教育内容を簡単に説明しよう。
現象数理学科は、好奇心を持って数学を学ぶ事ができるカリキュラムを用意し、身の回りの現象を数式で表す能力(モデリング)、コンピュータを用いて現象解明にアプローチする能力(シミュレーション)、確率・統計学を用いて情報を取り出す能力、自ら問題を発見し解決する能力を育成する。
先端メディアサイエンス学科では、1年生からのゼミ配属で「研究」のエッセンスに触れさせ、プログラミングのモチベーションとスキルを向上させる演習実習、人間の特性に着目した概念を学ぶ「インタラクションデザイン」などの授業により、自ら問題を発見し解決する能力を育成する。
ネットワークデザイン学科では、ゼミナールや企業見学を通じて社会の様々なネットワークに触れさせ、現代の社会を支えるネットワークコア技術、知能数理システムなどの学びのあと、さらに専門性を深めて、自ら問題を発見し解決する能力を育成する。
すべての学科に共通して言えることは、学部4年間に渡って、きめの細かい少人数教育を行おうとしていることである。
少々個人的なことを書かせていただきたい。私自身は、いわゆる「純粋数学」、特に幾何学の分野を出身母体としている。とは言え、教育・研究を通して、数学と社会の関わりについては、常日頃興味を抱いていた。学生にも、学部で学ぶ数学が社会から孤立した「風変わりな(idiosyncratic)」学問ではなく、常に人間社会に寄り添って発展してきたことを理解してもらいたいと考えていた。現在行っている研究は離散幾何解析学という学際分野であり、自然や社会に登場するさまざまなネットワーク(経済システム、交通システム、コミュニケーション・ネットワーク、回路網、結晶構造)を、幾何学と解析学のアイディアを用いて研究している。まさに、「純粋」と「応用」が融合する分野である。このような理由から、総合数理学部の設置理念に賛同し、理工学部数学科から移籍することを決心したのである。
非ユークリッド幾何学の発見者の一人であるロシアの数学者ロバチェフスキーの言葉「There is no area of mathematics, however abstract, which may not someday be applied to phenomena of the real world」にあるように、時間的な長短はあるものの、良質な数学は必ず人間社会に関わりを持つのである。また、「人類の力の道と人類の知識の道とは、そのあいだに、最も親密な連関があり、ほとんど同一である。・・・・実践において最も有用なものは、理論において最も正確である」というフランシス・ベーコン(1561-1626)の言葉は、我が学部の教育・研究の理念・性格を如実に表現している。
科学・技術の進歩の速度はこれまで以上に速まり、世界はますますグローバル化していく中で、既成の科学・技術に頼ることだけでは遅れを取ることになり、狭い視野の学問分野は廃れてしまう。我が学部のキャッチフレーズである「常に新鮮、常に挑戦」は、学生自らが新しい「こと」と「もの」を創り上げていくことにより、数理科学と情報技術の進歩に参画してほしいという願いが込められている。そして、「個人的な交わりの中で、学ぶ者の魂に真理を書きこむこと」(プラトンが紀元前4世紀に開いたアカデメイアの教育理念)を銘として、学生と教員が一体となり、「自然を解き、社会を解き、人間を解く」ことにより、新しい世の中を作っていくことこそ我々が目指していることなのである。