ラボラトリーズ

『情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI^2I)の紹介』

2016年09月16日

山下 智

やました さとし

国立研究開発法人 物質・材料研究機構

2015年7月1日、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)を拠点とした「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」が、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)「イノベーションハブ構築支援事業」のプロジェクトとして発足しました。これは、データ科学の手法を取り入れて、新しい物質・材料の研究開発を進めるためのオープンイノベーション・ハブ拠点構築を目指すものです。NIMSに「MI2I」を設置した背景は、米国で2011年にオバマ大統領が宣言し、2012年に実質的に始まった「MGI(マテリアルズ・ ゲノム・イニシアティブ)」があります。これは、米国政府が大きな予算を投じて「MI(マテリアルズ・インフォマティクス)」を推進していこうという国家プロジェクトです。MIとは「BI(バイオ・インフォマティクス)」になぞらえた造語で、「実験」「理論」「計算科学」に次ぐ第4の科学手法である「データ科学」を使って、短期間かつ低コストで、新たな物質や材料を探索、開発することを目指しています。このような動きの背景には、製造業で日本やドイツに後塵を拝していた米国が、ITを駆使することで、製造業において巻き返しを図ろうという強い思いがありました。同様の動きが欧州、中国、韓国などでも起こっています。


MI2Iとは「マテリアルズ・リサーチ・バイ・インフォメーション・インテグレー ション・イニシアティブ」の略で、「単なるMIではない」ということを意識して命名致しました。その思いは、MIは後ろに来る「インフォマティクス」に重点がありますが,我々が目指すのは「インフォマティクス」も活用した「マテリアルズ・リサーチ」です。そこで、我々は従来の材料研究にデータ科学を取り入れた新しい材料研究を、MIではなくMI2 (マテリアルズ・リサーチ・バイ・インフォメーション・ インテグレーション) に統一して表現することにしています。製造業は優れた研究者や技術者の経験と勘に頼るところが大きく、MI2 技術の導入は医療分野に比べ遅かったと思われます。しかし、近年の後継者不足やグローバル競争の激化に伴い、従来の方法では競争優位性が保てないことが分かってきました。それに最初に気付いたのが電機メーカです。一方で、最後まで従来の方法を守っていたのが、材料メーカです。その理由は、研究開発から実用化されるまでの期間が、他分野に比べて長いからです。これまでにない新材料や既存の材料の新たな機能を発見するのは、容易なことではありません。そのうえで、量産化技術を確立していかなければならないため、発見から実用化までに、30年、40年とかかってしまいます。しかし、米国や中国の動向もあり、日本の材料メーカもようやくMI2を駆使することで事業を加速する必要に迫られました。

物質・材料研究におけるMI2とは、「逆問題を解くこと」を目標として捉えています。これまでの物質・材料研究は、与えられた物質・材料に対して「どのような性質や機能があるのか」を考える、いわゆる“順問題”を解いていました。それに対し、「望む性質や機能を求めて、それを満たす物質・材料は何か」を考えるのが、“逆問題”です。MI2によって初めて、逆問題を効率的に解く筋書が与えられることになったということです。 「MI2によって『ここ掘れ、ワンワン』ができるようにして欲しい」という企業の声があります。逆問題を解くということは、まさにこのことです。欲しい性質や機能に対して、どの領域を探索すれば、最適な物質・材料を探り当てることができるかがMI2に期待されています。

MI2Iでは、材料データ等を蓄積・公開・利用するデータプラットフォームの構築を推進しています。例えば、NIMSには世界屈指の実験装置が数多くあり、日々貴重な実験が実施されています。これまで、研究成果につながらないデータはほとんどが廃棄されてきました。しかし今後、MI2を進める上では、失敗も含め、あらゆるデータを蓄積しておくことが非常に重要です。NIMS内の実験装置に限らず、スパコンの「京」やポスト「京」、SPring-8、J-PARCなどの大型実験施設でも、日々貴重なデータ が取得されているにもかかわらず、その多くが有効活用されていません。非常にもったいないことです。 今後、機械学習やディープラーニングなど人工知能の精度を高めていくためには、データをオープン化し、不要なデータも活かしていく必要があります。実はこれは簡単なことではなく、カルチャーを変えなければ実現できません。物質・材料分野はデータのオープン化に最も後ろ向きな分野です。 特に、企業は実験データを生命線として秘匿を望み、オープン化は当面困難です。カルチャーを変えるには、データを提供することによってインセンティブが得られるようなしくみ作りが肝要です。長期的な視野に立ち、データを提供した企業ほど儲かるビジネスモデルの構築や,アカデミアの研究者の評価軸の変更など,オープン化を促進するための戦略を練っていく必要があります。「カルチャーを変える」ことは、 MI2Iの推進において極めて重要な課題です。

米国のMGIでは、機械学習、人工知能により物質・材料の探索を行なうには必要とするデータ量が不十分なので、シミュレーションを駆使して網羅的に順問題を解くという方法で始められました。 それに対し、MI2Iでは、NIMSが持つ世界屈指の材料データベース「MatNavi」を駆使することを念頭におき、今後のデータ量の急増も見越して、最初から機械学習、人工知能を導入して、より効率的に逆問題を解くという戦略を採っています。具体的には、機械学習を使った仮想探索やベイズ最適化が有用なことを実証しています。更には、探索空間が莫大な場合に対応するため、ベイズの関係式を使って順問題を逆問題に変換し、モンテカルロ法を組み合わせて物質探索を行う方法の開発も試みられています。しかし、これらのアプローチを物質科学で本当に役立たせるためには、物質の特徴を表し、かつ問題とする機能を制御する記述子としての物理量の知識の集積が本質的に重要です。通常、機械学習で得られる相関関係は、直接的に物質空間と機能空間を繋ぐのではなくて、記述子空間と機能空間を繋ぐものになります。適切な記述子が選ばれてなければ、精度の高い相関関係は得られません。記述子を選ぶのは物質科学の研究者の責務です。MI2Iでは発足当時から一部の数理学者の方々の参加及びMI向けチュートリアルセミナーでの講師をして頂いてます。今後MI2Iでは、実験研究者と計算科学研究者がガッチリとタッグを組み、物質空間、記述子空間、機能空間のデータを継続的に蓄積し、数学協働とのさらなる連携を図って、より効率的に、より高精度で物質・材料探索を可能とする手法の開発を進め、それをより具体的で社会的にも重要な課題の解決に適用していくというという戦略で活動します。

MI2Iの研究体制は図に示したような階層からなっており、MI2で取り組む具体的な課題として社会的に波及効果の高い「蓄電池材料」「磁石・スピントロニクス材料」「伝熱制御・熱電材料」の三つを設定しています。横の層はそれら課題の解決をより効率的に行うために、データ科学の方法論的な開発、ツールの開発・整備を担当します。最下層は、MI2の活動を支援するための各種ツール、データベース、具体的な作業を行うための計算サーバーを全体として有機的にシステム化したデータプラットフォームになっています。

このように、MI2IはMI2のハブ拠点として、組織の枠組みを超え、物質・材料開発に関与しているすべての分野の研究者の有機的に交流を促進し、研究開発を加速させていくことを目指しています。同時に、データベースの整備や各種ソフトウエアの開発、人材育成も推進していく計画です。2、30年前には頼りにされていなかった計算科学が、今や第3の科学手法として不可欠なものとなっているように、MI 2も近い将来には、不可欠なものとなっていることは明確です。世界をリードする革新的なMI 2の創造に、応用数学者の積極的な参加をお待ち申し上げます。

最後に、MI2のアプローチを実際に今後の研究開発に取り入れようと志される企業、アカデミアの組織あるいは個人が、共同して実践を試みることを可能にするコンソーシアムを立ち上げました。MI2Iの詳細、およびコンソーシアムへの参加方法については、拠点HP  http://www.nims.go.jp/MII-I/  をご参照ください。