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東京工業大学国際先駆研究機構 量子コンピューティング研究拠点についての紹介

2022年10月21日

荒井 俊太

あらい しゅんた

東京工業大学 国際先駆研究機構 量子コンピューティング研究拠点

東京工業大学国際先駆研究機構量子コンピューティング研究拠点は2022年4月1日に設置された組織です。D-Wave Systemsによる量子アニーリングを物理実装したD-WaveマシンやGoogleやIBMを代表とする企業らによる量子ゲート型量子コンピュータの開発が近年大きく進んでいる中、国内でも文部科学省による量子コンピューティングに関するフラグシッププロジェクトのQ-LEAPが立ち上がり、東京大学、東北大学、大阪大学、九州大学などにも量子コンピュータに関する研究拠点が設置されるなど、国内外でハードウェア、ソフトウェア問わず量子コンピュータの研究を推進する大きな流れができています。こうした国内外の量子コンピューティングに関する潮流がある中で、東工大でも量子コンピュータの将来的な実現に向けて、基礎理論研究の推進という伝統に則り、アニーリング、ゲート問わず量子計算に関わる基礎理論を中長期的な視野を持って研究するという目的から量子コンピューティング研究拠点が設立されました。

本拠点は量子アニーリングの考案者の一人である西森秀稔特任教授、量子アニーリングの基礎理論研究に加え、一般向けの量子アニーリングに関するワークショップなどの主催者である大関真之教授(東北大学とクロスアポイントメント)、様々なイジングマシンの社会実装に向けて多数の企業と共同研究を行っている田中宗特任准教授(慶應義塾大学本務)と著者を含めた四名の量子アニーリングの研究者と量子アルゴリズムや量子計算複雑度理論を専門とする谷誠一郎特定教授(NTTコミュニケーション科学基礎研究所本務)やルガル・フランソワ特定教授(名古屋大学本務)から構成されています。また、数理最適化・計算複雑度理論・統計物理学・機械学習・量子情報を専門とする複数の協力教員とも連携を行っており、多岐にわたる視点から量子コンピューティングに関する基礎・応用研究を行っています。

本研究拠点と最も関わりがある手法であろう量子アニーリングは元々統計物理学の問題であるスピングラスと呼ばれる問題の基底状態(エネルギーが最小の状態)の探索を行う手法として1998年に提案されました。スピングラスはガラスの数理モデルの一種であり、組合せ最適化問題の一種です。組合せ最適化問題に対する有名なメターヒューリスティクスである焼きなまし法は熱揺らぎの制御パラメータである温度を用意し、高温から低温に向かって、徐々に温度を下げていくことで解を探索しますが、量子アニーリングでは量子揺らぎを制御して解を探索します。量子アニーリングに関する研究は手法の提案から2000年代初頭までは熱揺らぎと量子揺らぎの探索の違いや量子揺らぎのスケジュール法の工夫などに焦点を当てた基礎研究が中心でしたが、2011年にD-Wave Systemsが量子アニーリングを物理実装したD-Waveマシンを商用販売したことを契機に、様々な組合せ最適化問題に対する量子アニーリングの応用研究が多数行われるようになりました。初めは128量子ビットのマシンでしたが、年々扱える量子ビットの数が増加し、現在では5000以上の量子ビットを扱うことが可能です。量子アニーリングで組合せ最適化問題を解くには解きたい問題を±1もしくは0/1の二値変数の問題で記述する必要があります。二値変数で表現される問題であれば原理的には解くことができるので、数理最適化、金融、機械学習など様々な分野の問題に対して量子アニーリングを適用することができます。このように量子アニーリングは統計物理学を起源に持ち、現在もそれを土台とした多くの理論研究や応用研究が生まれています。量子アニーリングはある種の量子アルゴリズムとみなせますが、量子アルゴリズムや計算複雑度理論の観点から量子アニーリングの研究はほとんど行われていませんでした。本研究拠点では世界にも珍しく、量子アニーリングと量子アルゴリズムの専門家が集まっている研究組織であり、多角的な視点から量子コンピューティングの基礎理論研究が進むことが期待されます。

現在の主な活動は、隔月に主にオンラインで行われる勉強会という小規模なものになっています。最近行われた講演に関する話題をいくつか紹介します。3月にルガル・フランソワ特定教授から「Dequantizing the Quantum Singular value Transformation Hardness and Applications to Quantum Chemistry and the Quantum PCP Conjecture」という題で、量子化学で扱われる局所的でスパースなハミルトニアンの基底状態探索問題に対する量子アルゴリズムのBQP完全性に関する講演をして頂きました。5月に田中宗特任准教授から「イジングマシンによるブラックボックス最適化手法とその適用例」という題で、変数に制約が入った問題に対するイジングマシンのブラックボックス最適化法を紹介して頂きました。7月に谷誠一郎特定教授から「クロー発見問題と量子計算」という題で、クロー発見問題に対する量子アルゴリズムのレビューと暗号分野への応用について発表して頂きました。また、6月には本研究拠点の発足シンポジウムを兼ねた講演会が行われ、外部からSeth Lloyd氏(MIT)、Masoud Mohseni氏(Google)、Mohammdad Amin氏(D-Wave)、東工大からは西森秀稔特任教授、谷誠一郎特定教授、荒井の合計6名が発表を行いました。国内の様々な大学と企業の方にお集まり頂き、大変盛況なシンポジウムとなりました。拠点の概要やシンポジウムの内容についてはこちらのホームページをご参照ください。

量子コンピューティング研究拠点はまだまだ発足したばかりの組織ですが、量子コンピューティングの基礎理論研究の土台をしっかりと築き、量子コンピュータの実用化を目指して、活動していく予定です。今後ともよろしくお願いいたします。