ラボラトリーズ
University of ManchesterのNumerical Linear Algebra group
2014年06月15日
中務佑治
なかつかさ ゆうじ
東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻
筆者はUniversity of Manchesterで2011年9月から2年弱ポスドク研究員としてSchool of MathematicsのNumerical Linear Algebra (NLA) Groupに所属しました。Manchester NLA Groupは数値線形代数の分野では世界有数の規模と活発さをもつ機関であり、Nick Higham, Francoise Tisseur教授を初めとして、若手ですがStefan Guettel講師も最近加わり、大変活発な研究がされています。以下NLAグループや滞在したときの経験について述べさせていただきます。
大きなグループの特徴
まず挙げられるのが数値線形代数にほぼ特化したグループであることです。そのため筆者のような専門内の研究者にとっては各メンバーの研究内容がある程度理解でき、議論も前提知識の共有部分が多いためにスムーズに行いやすいという大きな利点があります。またイギリスの文化から毎朝ティーの時間があり多くのメンバーが参加するので(強制ではなく筆者は半分程度に参加していました)、そこでinformalな情報交換や議論ができる機会があったことも印象的です。
大きなNLAグループであることの利点は数多くあります。まず、たくさんの(共同研究できる可能性のある)研究者が身近にいることです。彼らと議論するだけで新しいアイディアが出てくることが多々ありました。次に、訪問滞在する研究者が数、質ともに素晴らしく、例えば筆者が滞在中にJack Dongarra(毎年), Sven Hammerling(頻繁), Doug Arnold, Velvel Kahanといった(その他数十名の)研究者が訪問し、彼らとかなりゆっくり議論や雑談する機会がもてたことは非常に有難い経験でした。筆者は先日2014年4月のワークショップ参加のため再度Manchesterを訪問しましたが、相変わらず世界中から著名人を集めていて(その前後も数名が1週間ほど滞在して研究議論をしていました)活発さと人脈の広さを再確認しました。筆者訪問中もIPythonの創始者を迎えて数日に渡って講演を行うなど、他分野との交流も活発です。数学系の研究ならどこでもできる、という考えは正しいように聞こえるかもしれませんし、筆者も一人で黙々と考える時間は必須だと考えていますが、Manchesterのような活発で交流盛んな環境に身を置くことの価値は代えがたいものがあり、体験するだけでも価値があるように思います。また、分野の著名人と接することで、研究内容だけでなく研究に対する姿勢という面でも学ぶこと、刺激になることは多かったです:彼らは例外なく熱心であり、また楽しんで問題に取り組んでいることが印象的でした。
学会でも、SIAM Conference on Applied Linear AlgebraやHouseholder SymposiumなどNLAの大きなものにグループから多くが参加するので頼もしいです。また直接は知らないが話してみたい研究者がいればほぼ必ずManchesterのスタッフに知り合いがいるので、その人に自然に紹介してもらえるなど、人脈の恩恵は非常に大きなものだと実感しました。余談ですが日本国内からHouseholder Symposiumに参加される方があまり多くないようですが(6月と学期中ということもあるでしょうが)、著名人が集うNLA最大ともいえる学会であり、NLA研究者各位には是非応募されることをお勧めいたします。
グループ内の活動
メンバーの近年の研究内容は多項式固有値問題や行列関数計算の二つが主流ですが、情報寄りの実装やアルゴリズム高速化を試みる研究者からかなり理論的な研究をする人まで多様でした。各自の共同研究者も決められるわけではなく、かなり自由に議論、研究できる環境でした。
グループの活動としては週1回のミーティングで一人が40分ほどで研究紹介をします。この他に隔週ほどでNumerical Analysis Seminarがあり、他大学(主にイギリスか欧州、時には北米)から研究者を招聘してセミナー発表をしてもらいます。これも人脈を作る大きな機会でした。こちらも最大でも50分ほどが基本で要点を絞った発表が多く、国内では2時間のセミナーでじっくり話を聞くことが多く少し驚いています。
もちろん、ワークショップを行うことや研究者を招いてセミナーや議論するなどの活動には大きな準備、労力と時間が必要であり、これらを可能にしている教授陣やスタッフには頭が下がるばかりです。反対に学生やポスドクにとっては所属するだけでopportunity keeps knockingといった感じです。
Manchesterのメンバーは両教授を初め親切で理解のある方ばかりですし、素晴らしい研究環境が整っています。筆者滞在時はメンバーの出身国は10カ国以上あり、また女性率も50%近くと、多様性が高く新参者でも輪に入りやすい雰囲気がありました。ポスドクや研究員などを募集していることも多く、国内の研究者の方で職探し、留学や短期訪問されたいなどお考えの方は候補に入れることをお勧めします。もちろん、誰でも受け入れられるわけではありませんので、まず基礎と最近の分野内の盛んな研究を認識していること、また自身でも興味をもってもらえるだけの研究をすることが肝要だと思います。Manchesterでのポストにご興味のある方は私に直接ご連絡いただければ個別に情報交換できるかと思います。Manchester自体はやや治安の悪い所ですが、意識をもちつつ慣れれば大丈夫です(サッカーやビールが好きならなお楽しいかもしれません)。国柄としても、筆者はカリフォルニアにも滞在経験がありますが、アメリカよりもイギリスの方が馴染みやすいところがあるような気がしました。ですがやはりある程度意思表示すること、考えたことや疑問は能動的に口にすることは必須であるように感じました。日本同様小さい国ですがOxford, Cambridgeもあり数値解析は強く、イギリス内の移動が容易で交流も盛んであることも利点です。
おわりに
最後に、宣伝で恐縮ですがManchesterを去るときに日本学生のSIAMメンバーの数を増やすことを任務と伝えられましたので…。学生ならばSIAMメンバーに3000円ほどでなれ、応用数理一般の研究者向けのニュースレターであるSIAM Newsが毎月送られてきます(これを読む価値は十二分にあります。NA Digestと並んで貴重な情報源です)。さらに、学会費が安くなったり、コミュニティーに属している気分になったりします。さらに少しの追加料金でSIAM Reviewが手元に届き、特に重要とされる最新の研究に触れることができます。