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MIT System Design and Management Program 留学体験記 -システム設計における数理科学を添えて-

2023年10月05日

木村 恵二

きむら けいじ

MIT SDM Class of 2019 (2021年卒業)

2019年8月から2021年6月の約2年間、メーカーの研究者が企業派遣生として通った米国 Massachusetts Institute of Technology の System Design and Management Program(以下MIT SDM)とその留学経験について報告する。経験の一般化や再現性確保のための分析は行っておらず、キャリアに悩む中堅研究者の経験談としてご笑覧いただければと思う。数理科学、エンジニアリング、マネジメント、またその交差点で奮闘する方や、この分野に興味を持たれている学生の皆さんにとって少しでも参考になれば、これ程嬉しいことはない。なお、本報告の内容はすべて個人の意見であり、いずれの会社や組織を代表するものではない。

留学までの経緯

筆者は応用数学分野の大学院博士後期課程を修了したのち、メーカーで鉄道運行管理システムの研究開発、特にグラフなど数理最適化手法を用いた、運行乱れ時の列車運行計画(鉄道ダイヤ)変更機能の高度化に従事した。職務経験を積む中で、最適化手法は適材適所、カスタム性が重要であることを痛感するとともに、ビジネスサイドからは採算性を考慮して汎用性を求められ、このギャップに悩む日々が続いた。

ある海外子会社との合同プロジェクトに参加した際、衝撃を受けた。彼らは先端技術である高密度運行可能な無人メトロシステムを複数都市に展開、運用していた。ステークホルダーが多い顧客である都市のニーズを見極め、大規模複雑ながら汎用性とカスタム性のバランスがとれたシステム設計を行っていたのである。この設計手法を学べる機会はないか。MIT SDMがその貴重な機会を与えてくれた。

MIT System Design and Management Program (MIT SDM) とその特徴

1990年代、米国製造業は他国の台頭で苦しんでおり、特に航空機など大規模で複雑な製品をインテグレートするスキルを持つ人材が不足していた。これを受けて、MIT SDMは、MITのSchool of EngineeringとビジネススクールであるSloan School of Managementのジョイントプログラムとして1996年に設立され、そのミッションをテクニカルリーダーの育成として、25年以上にわたってMITと産業界のパートナーシップの一翼を担っている。ミッドキャリア(中堅)向けのプログラムであるため、働きながら学位 (Master of Science in Engineering and Management) を取得できるよう、卒業までの期間が最短12ヶ月から柔軟に変更できる。また米国外からコア授業のみ遠隔で参加する Certificate Program も用意されている。

コア授業では、産業界の経験も豊富な講師陣のもと、システムアーキテクチャ、システムズエンジニアリング、プロジェクトマネジメントの三分野を、システム思考をベースとして一気通貫に学ぶ。一年間をかけ、座学とプロジェクトを通じて、大規模複雑システムの設計と実装に必要な知識やスキルの獲得を目指す。コア授業以外は、学生の興味に応じてSchool of EngineeringとSloan School of Managementの授業を受講でき、様々な産業分野の学生のニーズに対応できるようになっている。

授業内容とともに、学びを深めてくれるもう一つの重要な要素がクラスメイトである。MIT SDM は Certificate を含めて一学年100名、約半数が外国籍をもつメンバで構成され、みなテクノロジーやエンジニアリングバックグラウンドを持ち、平均8-10年程度職務経験を積んでいる。筆者が留学した2019年は、軍関係者のほか、農業機械他の製造大手John Deereや石油大手Chevronからそれぞれ十数名の学生が派遣されるなど、企業派遣選抜を勝ち抜いてきた優秀な学生も多かった。なお、他大学でも、システムズエンジニアリングやプロジェクトマネジメントを学ぶプログラムが提供されているが、大学卒業直後など若い学生が多いプログラムも多い。この意味でも、職務経験を積んだ優秀なクラスメイトとの議論やプロジェクト経験は非常に貴重である。

留学での経験と学び

コア授業で最も感銘を受けた内容の一つが、システムアーキテクチャ設計の方法論である。これはまさに筆者が留学前に学びたいと考えていた、顧客ニーズに立ち戻ってシステム設計を行う手法であった。実際、システム設計ではコンセプトやアーキテクチャという単語がしばしば用いられるが、それらをシステムの定義に立ち戻って明確に定義し、表現方法とともに提供してくれたことで、この方法論を充分に腹落ちして学習することができた。なおこの方法論自体は、講師が執筆した書籍[1][2]で学ぶことができるが、言うは易く行うは難しという印象を持つ。実際、一年間の座学とプロジェクトを通してようやくツールとして扱えるようになった気がしており、実例を通じて手を動かして学ぶ経験を積めたことがとても貴重であった。

システム思考によるモデルベースのプロジェクトマネジメント手法も興味深い内容の一つである。MIT SDMではプロジェクトを一つのシステムと捉え、成果物、タスク、チームを構成要素とするモデルを構築する。ここで興味深いのは、単にこのモデルの予測精度だけでなく、ステークホルダ全員でこのモデル構築を行うプロセスが重要、ということである。実際、授業でチームメンバとこのモデル構築を行う中で、メンバ間での暗黙の前提や課題認識の差が表出し、言語化され、それがタスク間の依存関係に反映されてモデルがブラッシュアップされていった。大規模複雑プロジェクトではステークホルダが多いため、プロジェクト開始時にこのモデル構築とシミュレーションを通じて認識を合わせるプロセスが、プロジェクト全体をマネジメントする上で特に重要であることを体感できたことはとても大きな学びであった。

クラスメイトとのチームワークは本当に学びが多かった。授業では宿題のほとんどをチームで行う設計となっており、自然と別業種のクラスメイトとのディスカッションが生まれる。例えば石油産業ではグローバルにサプライチェーンや規制などへの考慮が肝要であり、また軍関係では当然ながらセキュリティに対する感度がとても高く、これらのバックグラウンドを基にした友人とのディスカッションはとても学びが多かった。戦闘機に搭載されたフレアシステムの不具合を教授が取り上げたとき、米軍パイロットの友人が経験した使い勝手に言及し、軍関係会社の友人が実装について経験を共有するという、稀有な経験もできた。

このチームワークは、リーダーシップやチームへの貢献方法を学ぶ良い機会でもあった。軍や軍関係会社のクラスメイトは、別業種・多国籍のメンバでチームが構成されて間もないときから、率先して議論し方針を決めるプロセスをリードしていた。一方で筆者は英語が稚拙であることもあり、なんとか自身のアイデアを説明しようとするも、時間を要して撃沈。友人のリーダーシップに対し自分のふがいなさを何度も実感した。ただ、試行錯誤する中で、アイデアだけでなく粗いながらも結果まで出して粘り強く話すと、拙い英語でも聞いてくれ、納得し、採用してくれた。後に別授業で学んだが、筆者の方法もリーダーシップの一つの型であり、この体験は自分の自信につながった。余談だが、アイデアのみで手を動かさないメンバは、例え口が達者でも貢献していないと見做されることが多く、この点は万国共通である印象を持った。

大学の外で得られる学びやネットワークも貴重である。特にボストンの日本人コミュニティは充実しており、最大約100名が参加するボストン日本人研究者交流会[3]や、Harvard大名誉教授の故Ezra Vogel先生が主催するボーゲル塾には、留学生、企業・省庁派遣生、研究者、医療従事者、米国在住者など、多様なバックグラウンドを持つ優秀な方が集っていた。バックグラウンドが異なる彼らから学ぶことは多く、またつながりは留学後も継続しており常に自分の視野を広げてくれている。

システム設計における数理科学

大規模複雑システムの設計では、実物の試作に多大な時間とコストがかかるため現実的ではなく、数理科学、数理モデリングやシミュレーションが非常に重要な手段となる。構造解析や流体解析はその最たる例だが、システムの分析では、機能と構成要素の関係を行列 (Design Structure Matrix) で表現し、グラフクラスタリングなどを用いてモジュール化の可能性を検討する。またシステム設計で重要な意思決定の選択肢 (Architectural Decisions) の優劣を検討する際、効用関数 (Utility Function) を定義してコストとの Tradespace Analysis などを使う。これらを素早く理解し実行するために、数理科学の知見はとても有効であった。実際、MIT SDMの学生でも、皆が数理モデリングに長けているわけではなく、前述した筆者のチーム貢献の一つは、数理モデリングとシミュレーションであった。

一方でこのモデルやシミュレーション結果は、システム設計の意思決定のために使われるということを忘れてはならない。意思決定は限られた時間内に、ステークホルダとの関係を考慮して行われる。モデルの精度は当然重要だが、それは意思決定者を含めたステークホルダへの説明の信頼性を高めるためであり、決められた時間の中で意思決定に貢献できなければ意味がない。この点、一企業研究者として筆者自身、常に肝に銘じて業務を遂行していきたい。

最後に

2年間の留学生活は筆者の人生を豊かにしてくれる貴重な機会であった。米国大学院受験や留学を通じて知り合った友人、苦楽をともにしたクラスメイトとのつながりは、人生を通して貴重なものとなっている。また2020年春に始まったCOVID-19とそれに対する米国のワクチン施策を体験、アメリカ大統領選挙やBlack Lives Matter、Stop Asian Hateなどの米国社会動向を体感したことは、自身の視野をより広くしてくれた。手前味噌で恐縮だが、紙面の都合で紹介できなかった留学経験やSchool of Engineering、Sloan School of Managementでの興味深い授業、海外大学院受験経験などをwebpage [4]に記載している。MIT SDMや海外大学院に興味を持った方の参考になれば幸いである。

業務遂行と並行しての受験・留学準備で大変お世話になった上司、同僚、山田道夫先生、パンデミック禍で単身赴任となった筆者を精神的に支えてくれた妻みどりに、この場を借りて感謝申し上げます。MIT SDMの留学体験を共有させていただける貴重な執筆の機会を与えていただいた佐々木英一氏にお礼申し上げます。

参考文献

[1] E. Crawly, B. Cameron, and D. Selva, “Systems Architecture: Strategy and Product Development for Complex Systems,” Pearson, 2016.
[2] E. クロウリー, B. キャメロン, D. セルヴァ(著), 稗方和夫(訳)、システム・アーキテクチャ: 複雑システムの構想から実現まで, 丸善出版, 2020.
[3] Boston Japanese Researchers Forum, https://www.boston-researchers.jp/
[4] SteppFunction, https://steppfunction.com/