研究部会だより
「折紙工学」研究部会の紹介
2020年02月03日
阿部 綾
あべ あや
明治大学
「折紙工学」研究部会の紹介
2002年の11月に野島武敏氏(当時京都大学)が折紙工学を提唱し[1],円筒,円錐,円形膜やパラボラ面や球などの折り畳みモデル,構造強化を目指した一枚の紙からなる凹凸面など任意形状断面の設計可能な3次元ハニカムコアなどを次々と発表された.同氏の研究に注目していた萩原一郎氏(当時東京工業大学)は直ぐに,本学会に折紙工学研究部会を設けた.折紙工学研究部会は,主査;萩原一郎(明治大学),幹事;安達悠子,石田祥子(明治大学),杉山文子(京都大学),三谷純(筑波大学),舘知宏,斎藤一哉(東京大学)など10数名の委員で構成され,秋の年会,春の連合講演会でオーガナイズセッション(OS)を設けているほか,明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)において,毎年1乃至2回「折紙工学」関連の研究集会を開催している.
現在,私は明治大学で折紙工学を推進中の萩原一郎氏のもとでMIMS研究員としてお仲間に入れて頂いて3年半ほど経過し,日々の業務や研究集会,学会等に参加したことから感じられる折紙工学の最近の動向について報告したいと思う.
自動車の衝突エネルギー吸収材を折紙構造で造ることにより,高い衝撃吸収効果が得られることに始まり,同様な構造が綺麗に折り畳める飲料容器としても応用出来得ること,また,土木・建築用途の落石防護柵用の支柱としても衝撃吸収の性質が有効に活用できること,などと広がりを示しつつある[2][3].野島氏,斉藤氏によって発明された正四面体と正八面体ハーフの空間充填構造であるオクテットトラス型コア(トラスコア)[4]は多段階プレス成型法[5]によってソーラーパネルなどに用いられた.しかしプレス成型法では,コア高さに限界があるため,寺田耕輔氏(明星大学),萩原一郎氏らにより折紙工法が開発された[6].折紙工法はまさに折り紙のように組み立てる工法であるため材料は紙でもよく,コアを一つずつ作り組み立てる紙製のATCP(Assembly Truss Core Panel)も開発された[7].その構造を用いて振動に強い輸送箱の開発につながり,コア高さのより大きなトラスコア構造が音響的に優れていることについて検討する研究へと進められてきている.
2017年のMIMS研究集会においては,Western New England UniversityからThomas Hull氏をお招きし,ご講演頂いた.気さくな方で,ご講演の時間外にアメリカサイズの名刺を折紙にして立体形状を作られ,組み合わせると多面体になるといったことをお話し頂いたことが印象的だった.
2018年のMIMS研究集会においては,オリンピックロゴマークに採用された市松模様状のデザインで有名な野老朝雄氏によるご講演でロゴマークを始めとするデザインに纏わるこだわりについて貴重なお話を伺えたのが印象深い.この会では身体が不自由な息子さんに代わり,その息子さんのブロック作品の発表をされ,興味を持たれた各分野の研究者の方とディスカッションをされていた飛び入り参加者がいたことも思い出される.
2019年のMIMS研究集会においては,日本の折紙研究の代表格である舘氏,三谷氏がともに「曲線折り」をタイトルに付したご講演をされていたのが印象的で,折紙に纏わる幾何学を専門とした数学系の研究者のお話から,切り口による展開図のパターンをパズル的にとらえて研究されている情報系の研究者のお話,それから工学的な応用例についてのお話,中でも土木・建築・機械,最近では電気の分野にも広がりつつあるなど,折紙工学の広がりが感じられた.マクロな視点では宇宙分野での巨大構造物のための展開収縮,ミクロな視点では医療分野における体内で作用する医療機器のための折り畳み技術,また,分子構造等を専門とする化学系の研究者による立体造形のお話や,折りを芸術的なデザインとしてとらえる視点からのお話も同様に興味深かった.
2019年3月には萩原一郎氏,奈良知恵氏(明治大学)共著による本「折り紙の科学」が日刊工業新聞社より発行された[8].これまでの折紙工学の研究成果の集約的な内容となっており,わずか出版後7ケ月で重版2回とこの種の書物としては異例ともいえる売れ行きとなっている.
今年は筑波大学でコンピュータサイエンス的なアプローチから折紙研究をされている三谷純氏の活躍が際立っている.ラグビー・ワールドカップ2019 において,各試合でMVPの選手に与えられるトロフィー Player of the Match Trophy のデザインに三谷氏が協力された.日本での開催ということで,三谷氏が研究対象としている折り紙を基本とするデザインが採用された.また,三谷氏は平成31年度文化庁文化交流使に指名され,世界の人々の日本文化への理解の深化や,日本と海外の文化人のネットワークの形成・強化につながる活動を展開されている.
4年に一度の応用数理の最大の国際会議ICIAM(The International Council for Industrial and Applied Mathematics)が今年の7月にスペインで開催され,そこで,日本からは明治大学,東京大学の応用数理の活動を英語で5分程度のビデオで紹介[9]することが求められ,国際会議中放映された.その中で折紙工学の紹介[10]も割り当てて頂き,私の方でナレーションを担当させていただいた.この会議では石田祥子氏(明治大学)がBest Industry-related Poster Award (2nd Prize)を受賞された.数学的知見を産業へと技術移転する活動として会期中にもうけられたIndustry dayの一環で,約50件のポスターの中から本賞の趣旨に相応しい研究発表として選出された.研究発表の内容は,理工学部機能デザイン研究室の学生とともに行った特別研究プロジェクト「折紙のタイヤで車は走れるか?」の成果とそのベースとなる特殊形状のハニカムコアを設計する数学的手法についてである.
また,明治大学萩原研究室では,新しく取り掛かり始めた研究対象に「扇」があり,扇絵の価値の再発見という大きなテーマに挑んでいる[11].扇の折り畳みによる絵の歪みの補正に関する研究や扇骨や糊付けされた和紙の撓みについて計算力学的に明らかにし,優れた日本発祥の工芸品として見直される価値があることの証明を目指している.
[1] 野島武敏,数理折紙による構造モデル,京都大国際融合創造センター(IIC)フェアー,2002年11.26.
[2] 萩原一郎,折紙工学の新展開(前編),機械の研究70(1), 35-42, 2018-01.
[3] 萩原一郎,折紙工学の新展開(後編),機械の研究70(2), 115-122, 2018-02.
[4] T.Nojima and Kazuya Saito,Development of Newly Designed Ultra-Light Core Structures,JSME Inter. J. A, Vol.49, No.1, P38-42 (2006)
[5] 戸倉直,萩原一郎,トラスコアパネルの製造シミュレーション,日本機械学会論文集(A編)Vol.74巻746号(2008-10),pp.1379-1385.
[6] 寺田耕輔,萩原一郎,自由自在な折り紙のような工法,日本機械学会誌,Vol.119,No.1175(2016-10), pp.564-565.
[7] 萩原一郎,寺田耕輔,コアパネル,2018-160214(2018年8月29日),特開2019-043676(2019年3月22日)
[8] 萩原一郎,奈良知恵著,折り紙の科学,日刊工業新聞社(2019.3)
[9] ICIAM2019 明治大学MIMS紹介ビデオへのリンク
https://youtu.be/r2_KtuIc5Tk?list=PLGVe6BxyFHNUb3erbUXaAFnEY71Jjm7NR
[10] ICIAM2019 明治大学MIMS紹介ビデオ 折り紙工学紹介の冒頭部へのリンク
https://youtu.be/r2_KtuIc5Tk?list=PLGVe6BxyFHNUb3erbUXaAFnEY71Jjm7NR&t=173
[11] 山崎桂子, 阿部富士子, 萩原一郎, 日本伝統の扇の数理科学から折紙工学の新しい芸術的側面の創出研究,第32回日本機械学会計算力学講演会CD-ROM(2019.9).