研究部会だより

「数理医学」研究部会の紹介

2019年12月10日

鈴木 貴

すずき たかし

大阪大学

数理医学研究部会は、数学を用いた医学研究を進めています。これまで基礎医学の領域では、がん悪性化の機序、記憶の蓄積や伝達のメカニズム、上皮細胞シートのような生体の構造と機能、細胞や臓器レベルでの発生と分化など、また臨床医学の領域では感染症の伝搬、疫病の社会学、医療データ分析法、診断技術の基礎などを対象として、数理モデルからデータサイエンスまで様々な数理的な方法を開拓してきました。研究部会のメーリングリストは150名くらいの規模で、このリストを中心に研究会や学会セッション開催の広報を行っています。応用数理学会正会員に限らず、どなたでも研究部会のHPからお申込みいただけますので、さらに多くの方々がメーリングリスト参加をご検討いただきますように、お願いする次第です。
研究部会の活動は、定期的に開催される年会・研究部会連合発表会でのセッションの運営と、不定期に開催する数理医学研究会を主要なものとしています。新規領域である数理医学研究のこれまでの動向の一部を、[1]や[2]でも紹介してきました。その中には、トポロジーを用いて生体組織画像の悪性度を判定した臨床研究や、がん悪性化で重要な基底膜分解酵素活性化について、数理モデルの構築によって背後構造を明確にするとともに、数値シミュレーションによってその制御法をシミュレーションで予測した基礎研究のように、医学と一体化した成果がある一方で、脳磁図分析の研究から派生した平行最適化・界面正則性・層ポテンシャルのスペクトルの各理論、また数理腫瘍学の研究から派生したハイブリッドシミュレーション法・化学反応ネットワークの可積分性など、医学にとどまらない普遍的な数学研究として結実したものもあります。報告[1][2]の後も、複雑な細胞内シグナル伝達の役割解明・走化性パラドクスの解消・抑制と亢進のモデルの確立など、細胞生物学・理論生物学・計算生物学へと研究が広がり、日本癌学会、日本がん転移学会、日本生化学会など、医学・生理学の学会で、数理医学のセッションをもつことも増えてきています。
現代の医学研究は様々な側面で進展していますが、15年間の研究部会活動で特に関わりの深かったのは、計測と情報技術の進化によるデータの精密化と大量化です。情報科学技術が発展する昨今の状況を反映して、医学においても、データの果たす役割はますます身近なものとなり、研究部会にもデータをどう活かして扱うかという方策が求められてきました。データサイエンスの活用については、基礎・臨床両方の側面がありますが、一方で基礎医学研究における数理モデリングの重要性と有用性について、研究部会では実験研究室と議論を重ね、その方法論を開拓し、情報発信を続けてきました。数理科学と生命科学の融合の必要性が基礎医学研究で明らかになったことで、独自の視点を与えられたかと思います。生命現象を数式で記述してコンピュータで予測するということは、多くの研究室で望まれていたのですが、基本的な考え方を整理して実践した結果、数理モデルと数値シミュレーションを駆使した研究を自律的に行う実験室がいくつか表れてきています。
人材育成によってこの流れを加速するため、研究部会では様々な実験研究室からデータや仮説を提供していただき、グループワークで分析するスタディグループを開催しています。これにより細胞内外のシグナル伝達についての数理モデリングは相当広がってきました。これからは組織レベルのモデリングを組み込み、臨床や創薬につながる研究を進めてみたいと思います。そのために当面はデータの扱い方の実践的方法をはじめ、数理科学の様々なツールが役に立ってきますので、スタディグループに多くの方が参加されることを期待しています。詳細は一般社団法人数理人材育成協会(HRAM)のHP https://hram.or.jp/ をご覧ください。

[1] 鈴木貴、数理医学入門、培風館、2015
[2] 鈴木貴・久保田浩行(偏)、はじめての数理モデルとシミュレーション、羊土社、2017