研究部会だより
数理政治学と研究部会活動
2023年02月08日
大山達雄
おおやま たつお
政策研究大学院大学
数理政治学
『政治』はわれわれ一般市民の日常生活にとって身近な問題を扱い、それを解決するために各種の決定をする重要な活動である。『政治学』はそのような政治活動をいろいろな側面から社会科学的手法、理論を用いて研究する学問である。『数理政治学』は、政治を取り巻く各種多様な活動をめぐる諸問題に対して、各種データに数理的な理論と手法を適用しつつ定量的、そして実証的に分析することによって問題解決を図ろうとする学問分野である。研究対象としては選挙、投票行動、公共選択、社会調査、住民意識、政策の分析と評価、等々かなり広範に及んでいる。これらの問題解決には常に評価基準、選好、価値観の多様性等、社会科学特有の概念を考慮することが要求されるため、それに伴う困難さが存在する。
数理政治学の概要を知る上で参考となる著書をいくつか紹介しよう。佐伯(2001)[1]では、われわれの社会における意思決定方法がどのような論理を背景としているかについて詳細に論じている。最も基本的な投票制度から始まって、個人の選好、自由と社会的決定との関連、ゲーム理論に基づく社会的決定の分析、公正さ、平等性の観点から見た社会的決定等について論じている。
S. J. Bramsによる数学と民主主義についての著書(2008)[2]の中では、数学を用いて明らかにすることを目指す課題として、個人の選好を正しく選挙結果に現わし、社会選択となるようにするにはどうすればよいか、公共財を法のルールと手続きにしたがって正しく配分するにはどうすればよいかの2つを提示している。これらはまさに数理政治学の中心課題である。著者は、民主的な社会的選択をする上で重要なのは“手続き”であって、それをどのようにして設計するかがまさに理論を実際の問題に適用するという点で自然科学における工学的な問題であると述べている。
山川雄巳(1998)[3]では、政治分析にあたって現れる一般的な概念としてのリーダーシップ、政党支持、選挙、政策過程、戦争といった事柄に対して、強力な分析道具となる数理分析手法を用いて説明している。浅子泰史(2016)[4]では、個人がそれぞれの選好関係、効用関数に基いて意思決定を行う際の基礎的概念について紹介し、アローの不可能性定理を選挙制度としての多数決制と関連付けて解説している。以上のようなアプローチは直接の問題解決になるとは言えないまでも、政治学の諸問題を解決する上で強力な分析道具であるだけでなく、解決にとって必要かつ必須ともいえるアプローチである。
学際的研究
わが国において“学際領域研究”といった用語が最初に提起されたのは2005年11月に出された「コトつくり長野宣言」[5]あたりである。当宣言では、現代社会が抱える地球環境問題のようなグローバルな問題から、各国あるいは国内の各地方が抱える社会的、政治的、行政的諸問題に至るまで、極めて複雑な課題の解決に当たっては、新たな価値創造の基盤を確立することが急務となっていると主張され、これらの問題解決には横断的視点に立った“知の統合”が不可欠であると提唱されている。自然科学、人文社会科学を含めた複数の学問分野の協力が必要であることは研究者誰でもが実感している。各種目的を達成するために機能要素を適切に結合させた複合体システムとしてとらえ、その機能を体系化することによって新たなシステムを構築することはまさに数理科学者が得意とするアプローチである。
われわれが現代社会の中で直面し、緊急な解決が必要とされているにもかかわらず、複雑かつ解決困難な難問である各種社会問題に対しては、単一の学問領域に基づく手法のみによる解決は不可能である。すなわち、エネルギー、交通、環境、福祉、医療、教育等のいずれの問題に対しても、自然科学の単一の学問分野のみによって解決されることはない。社会科学、あるいは場合によっては人文科学さえも必要とされる。それらをもってしても現代のわれわれの知識、経験では解決困難かも知れない。これがまさに複数の学問分野間の連携とも言うべき“学際的研究”が必要とされる具体的な姿である。
研究部会活動の概要
数理政治学研究部会の主要な活動は、年会,連合研究部会への参加,そして独自開催である。独自開催は新しい参加者でも自由に意見を述べ、発表者と参加者が互いに理解を深め、研究レベル向上に寄与している。メンバーには国内外の大学、研究機関の研究者、関心のある参加者等、幅広い範囲のメンバーを擁している。
講演者の発表内容は数理政治学がカバーする理論、手法、実務と広範囲にわたる。最近における講演内容のキーワードは、議席配分方式の偏り、一票の格差、Polarity計測、アジア太平洋秩序、Vote Compass、インターネット選挙、展開形ゲーム、部分ゲーム完全均衡解、国政選挙分析、選挙区内対立軸、メディアの内容分析、アロー・パラドックスの局所不安定性、アトキンソン型社会厚生関数、等である。
本研究部会では、日本応用数理学会出版シリーズの一環として『選挙・投票・公共選択の数理』(共立出版)を刊行した。自然科学に限らず、社会科学、人文科学においても数学の役割がますます増加してきている中、多くの問題に対して数学、統計学、情報科学、OR、システム分析手法、等々の諸学問を用いて数理的に分析、解決を試みた発表の中から、最近のものを取り上げた。本書の構成は、大きく選挙・投票・公共選択の数理という3部からなり、各部に関連するテーマで専門外の人々にも容易に読めるように工夫した。読者がそれぞれの専門と関心に基づいて読んだ上で、何らかの参考になるとしたら、これに勝る喜びはない。
[1] 佐伯 胖, 2001. 『「決め方」の論理―社会的決定理論への招待―』, 東京大学出版会, 310p.
[2] Brams, S.J., 2008. Mathematics and Democracy – Designoing Better Voting and Fair-division Procedures, Princeton University Press, Princeton and Oxford, 373p.
[3] 山川雄巳, 『数理と政治』新評論 シリーズ21世紀の政治学, 305p, 1998.
[4] 浅子泰史、『政治の数理分析入門』、木鐸社、230p、2016.
[5] 横幹<知の統合>編集委員会編. <知の統合>は何を解決するのかーモノとコトのダイナミズム,東京電機大学出版局,123p,2016.