研究部会だより

数理医学研究部会より

2023年06月29日

鈴木 貴

すずき たかし

大阪大学

数理医学研究部会は、日本応用数理学会が研究部会を設立するときと同時に2004年より、数理科学を用いた医学研究という新規研究分野の開拓に携わってきた。設立申請趣旨書には本研究部会活動の目的として、臨床・基礎医学における数理的研究の基礎を支え、「データの解析と数理モデルに基づく数値シミュレーションにより、生体機能の予測・診断・制御の一端を担う」とある。
当初の目標通り、数理医学研究はこの20年間で着実に普及してきた。近年の研究部会の活動としては、年会、連合研究部会発表会、ワークショップによる研究報告と、数理医学研究会、スタディグループによる共同研究、および会議録、研究書、教科書の出版が主なものとなっている。現在7名の幹事を置き、HPと数理、医学の研究者、学生が参加するメーリングリストによって研究会の案内や講演募集などを行っている。

年会、連合研究部会発表会での研究部会セッションの運営は、研究部会の主要な活動の1つで、通常1セッションで行っている。最近は、数理科学研究に携わる若手研究者、学生がHPを見て講演を申し込むケースが増え、幹事会で講演者を依頼するのは半数の2件程度である。数理生物学をはじめ、数理科学の関連分野では、特徴的な生命現象を数理モデルによって説明する研究がなされてきたが、数理科学にバックグランドを持つ研究発表ではこれらの蓄積を踏まえて、対象を生理学に広げたものが多い。一方で、数理的手法を駆使しつつ、基礎医学研究に軸足をおいた研究発表も増えつつある。これらの研究発表の大半は生物学実験に携わる研究者によるもので、これまで幹事会が講演を企画してきたが、最近ではHPからの自主的な講演申し込みも得られるようになっている。今後の数理医学研究の普及のために、数理科学、生命科学双方から、若手、中堅研究者による自由な研究発表が増えていくことを期待している。

近年、数理科学と生命科学が協働するプロジェクトがいくつも立ち上げられ、成果が挙げられている。研究部会ではワークショップを主催して、これらの研究を継続して発信している。昨年度終了した文部科学省研究委託事業「AIMaP」では、大阪大学が数理医学研究の拠点として位置づけられていたので、大阪大学を足場として、各年度でワークショップを開催してきた。また国際研究集会も運営し、ICIAM2023ではより広く計算生物学をテーマにして4つのセッションを開催する予定である。また2020年10月には、日、米、英、仏の4か国の腫瘍学研究者による日本学術振興会研究拠点形成事業「数理腫瘍学 国際研究ネットワークの構築」の締めくくりとして生命科学と数理科学の融合をテーマに、3日間にわたって国際シンポジウムをウェブ開催した。

2021年7月にはこの研究会での顕著な発表をもとに、AIMaPでワークショップを開催した。ここでは、実験系から注目すべき新規技術である、コムギ胚を用いた網羅的蛋白質合成システムが紹介されたあと、数理科学、生命科学双方の研究者により、腫瘍悪性化機序解明のための細胞シグナル経路研究の報告があり、最後に、網羅的蛋白質合成システムの数理モデリングへの応用、具体的にはパラメータ同定について発表者、参加者を交えて討論を行っている。

これまでの研究部会の活動により、新規の研究分野である数理医学において、普遍的な手法が確立してきた分野があり、ゲノム、細胞内シグナル、多細胞間相互作用、組織を舞台とした細胞分子、細胞のマルチスケールでの出来事など、腫瘍悪性化機序解明については、生命科学研究者と数理科学研究者の相互理解が進んできている。これらの研究対象においては、共同研究によって基礎医学の顕著な研究成果が得られるだけでなく、若手、学生を中心に、医学研究者が数理モデリング、数値シミュレーションに取り組み、実験計画を策定するまでになっている。ここまで数理医学が普及してきたのはスタディグループによる取り組みが大きい。スタディグループは共同研究と研究者育成の両面を狙ったもので、対面を主体として3つの課題による3日間の集中プログラムを年に4回開催している。これにより、医学と数学の研究者が新しい融合研究領域を開拓し、数多くの共同研究を成立させているばかりでなく、有望な若手研究者も育成されてきた。

数理医学研究会は基礎医学研究者を招いて、数理科学に携わる学生、研究者を対象として最新の研究を発表していただく場として位置づけている。自分の専門を生かし、専門でない人が、プロジェクト研究とは別に、自由に研究領域を開拓する場として、数理医学研究部会が運営する研究会やスタディグループが役立っている。

現在、研究部会は活動の方向を広げ、分子動力学、生命情報学、生物統計学の手法が医学研究者に普及することを当面の目標としている。また主査である著者は、これまでいくつかの著書、編書を出版して数理医学研究の普及に努めてきたが、今後さらに臨床医学、社会医学へと数理科学の医学研究への適用を広げていきたいと考えている。