学会ノート

森正武先生追悼特集(4):森正武先生の思い出を語る

2017年12月05日

張 紹良

Zhang Shao-Liang

名古屋大学

森正武先生は本年2月24日に逝去されました。享年79歳でした。

私を留学生(身分は研究生)として筑波大学に受け入れて下さったのは電子・情報工学系教授であった森先生で、私自身その後の日本での長い生活においても公私ともに多大にお世話になっていたため、この訃報に接したとき計り知れないショックと悲しみを受けました。筑波大学数値解析研究室OB会へのご出席が少なくなったことを心配し、ご快復を祈っていた矢先のことでした。

森先生は国際的に著名な学者で、その偉大な研究功績は広く知られているので、ここでは、森先生から多くの教えをいただいた一学生として、また、ご指導を賜った一研究者として、先生へのいくつかの思い出を語って追憶しようと思います。

  • 1983年に吉林大学数学科計算数学専攻に入学したとき、中国政府派遣留日という幸運に恵まれました。大連外国語学院で半年間の日本語研修を受けたのち、派遣先を言い渡され、「筑波大学?どこにある?森正武教授?どのような先生?」とかなり戸惑っていたことを今でも鮮明に覚えています。1984年当時の中国は、開放政策を始めたばかりで、日本等諸外国の情報がほとんど入ってこず、受け入れ先の詳細は調べようがありませんでした。一方、日本も中国の大学事情に関する情報が乏しかっただろうと推測しますが、そんな中、森先生は日本語の通じない私を快く受け入れてくださり、感謝の念に堪えませんでした。10月上旬に筑波に到着し、森研の一年先輩であった張国豊さんの案内で森先生に初めてお会いしたとき、先生の優しさに感動し、抱えていた異国での不安が一気になくなった思いでした。少々恥ずかしい思い出になりますが、来日までは先生の苗字が「森」か「森正」かも分かりませんでした。数学系事務方の紹介で、日本に短期滞在し帰国された吉林大学のある先生に確認したところ、「森正」が苗字であると断言され、お土産として印鑑を作ったほうがいいという助言を頂きました。
  • 吉林大学での私の卒論研究は「2次元スプライン関数」に関するもので、のちに大連理工大学に移って数学科学学院を作り上げた王仁宏先生のご指導を受けましたが、1985年4月に筑波大学理工学研究科修士課程に入学してから、研究テーマを「最小二乗問題のための反復解法」に変え、実際の指導は小柳義夫先生に仰ぎました。その後の自分の研究テーマはほとんど線形計算で、森先生のもとで研究する機会になかなか恵まれませんでしたが、森先生がお書きになった多くの本は私にとって分かりやすく、数値解析を勉強するのに欠かせないものでした。また、プライベートなことでもいつも親切にお力添えを頂きました。筑波大学工学研究科博士課程に入学後、中国にいる婚約者を日本に呼び寄せようと考えて、思い切って森先生に相談しました。森先生は親身になって私の悩みを聞き、最終的に婚約者を研究生として受け入れてくださいました。その後、婚約者と結婚し二人の子供に恵まれましたが、今の幸せな生活は森先生のお蔭だと思っています。1990年に学位取得後、研究所で職につきながら、大学から魅力的なオファーを頂きましたが、外国出身の自分が日本の大学教員に向いているかどうか、悩んでいました。そのとき森先生から「自分を必要としてくれる所に行くべき」とのお言葉を頂き、以来座右の銘としております。
  • 森先生は日本を代表する国際的に著名な学者で、応用数理学会の発展にも多大な貢献をなさりました。その国際交流活動の中で、中国の多くの学者と親交を深め、日中数値数学セミナーをはじめ二国間の交流活動を進められました。ご多忙の中、中国応用数理学会の年会を視察したり、大連理工大学の名誉教授になられ、その数学科学学院の発展にご尽力したりしておられました。
  • 1996年初夏に京都大学数理解析研究所で開催された国際会議で森先生から頂いた質問は共同研究のきっかけになりました。テーマは「対称不定値行列への共役勾配法の適用」です。森先生の先行研究を踏まえて、幾つかの知見を得て国内外の研究集会で紹介しましたが、自分の力不足で最終的に論文にまとめることができず、森先生との連名論文を逃したのは痛恨の極みです。
  • 最後に本年6月4日の「森正武先生を偲ぶ会」のとき、森先生の長年のご友人である大連理工大学王仁宏先生より追悼文をいただきましたので、ここで翻訳したものをご紹介させていただきます。
    “森正武は著名な計算数学者で、中国計算数学界にとってかけがえのない古い友人です。森先生とともにJCAMのAssociate editorを務めておりました。初めてお目にかかったベルギー・ルーヴェンでのICCAM 1984以来、幾度も学術会議等で交流を深めてまいりましたが、その温和さ・謙虚さ及び実質的な風格が忘れられません。
    森先生はわが大連理工大学の名誉教授を務め、計算数学分野の発展に多大な貢献してくださいました。わが大連理工大学、わが数学科学学院、そして私自身、長年のご愛顧に感謝しております。
    森先生はご逝去されましたが、計算数学への実りの多い貢献、中日計算数学界の交流促進、そして大連理工大学数学科の学科発展への貢献を我々は永久に銘記すべきです。
    森正武先生、安らかにお眠りください。
    大連理工大学数学科学学院教授 王 仁宏”

森正武先生のご冥福を心よりお祈り致します。