学会ノート
ICIAM 2023 東京への道のり
2017年10月24日
三井 斌友
みつい たけとも
応用数理学会
1. はじめに
ICIAM 2023 を東京に招致することに成功した現在,そのための取り組みを振り返るとともに,日本応用数理学会内外の方々に招致の意義を広めて,2023年に向けて準備への協力を訴えることを趣旨として本特集は計画された.本稿は,この国際会議の背景・意義・歴史の概略を述べることに当てられる.実は筆者は,日本数学会発行季刊誌「数学通信」編集部の求めに応じて,『応用数理の国際事情』と題する寄稿を行った(第14巻第4号,46–50, 2010年2月).その電子版
http://mathsoc.jp/publication/tushin/1404/1404mitsui.pdf
もぜひ参照して下さるようお願いしたい.
2. ICIAM Congress とは
すでに他の寄稿でも述べられているが,ICIAM は International Congress on Industrial and Applied Mathematics の略称で,ここでは“応用数理国際会議”と訳することにする.その文字通りの出発点は 1987年7月 Paris, Versailles で開かれた First International Conference on Industrial and Applied Mathematics である.この会議が,主管した SMAI はもちろん,協議・協力した SIAM (USA), IMA (UK), GAMM (Germany) の3学会の予想を超えた成功を収めたことは,この企画が時宜をえたものであり,期待されていたことを示した.そこで,4学会は国際評議会(その詳細は後述)を作るとともに,4年に一度国際会議の開催を続けることを決定した.最近の数回の ICIAM は,参加者が3千人を越えるという盛況を呈している.
この間,第3回以降会議名称も International Congress on … と改められ(略称は同じ),次の開催地を定めるルールが整えられ,名実とも応用数理に関する世界規模の国際会議へと成長してきた.ではその内容はどのようなものだろうか.まず招待講演がある.その時々焦点が当てられたテーマについて,二十数人の研究者が招待講演を行う.招待講演者の選定はプログラム委員会 (Scientific Program Committee, SPC) の任務である.次にminisymposium (MS) がある.これは「企画セッション」といった位置づけで,かなり絞り込んだテーマについて4人くらいの講演者が次々に講演・討論する場であり,内容・講演者・進行はその世話係 (organizer) に委ねられる.ICIAM の場合,60 件ほどのMS が毎日並列に走る.さらに一般講演 (contributed talks) もある.近年はポスターセッションが設けられることもある.こうした講演発表を通じて,応用数理の研究状況,応用数理をめぐる国際情勢を知ることができるのが ICIAM 参加の意義の一つである.
優れた業績をあげた研究者に ICIAM Prizes を授与して,それを顕彰するのも ICIAM の大事な内容である.現在 ICIAM の名を冠して Collatz Prize, Lagrange Prize, Maxwell Prize, Pioneer Prize, Su Buchin (蘇 歩青)Prize の5種類がある.最初の4件はそれぞれ GAMM, SMAI, IMA, SIAM と創始4学会が表彰資金を拠出してできており,最後の1件は中国応用数理学会の拠出により,2007年から始まった.ICIAM 初日に授賞式が行われる定めで,その顔ぶれはさすがに錚々たるものである.こうした機会を通じて優れた研究の動向を知ることができるのも ICIAM 参加の意義の一つである.
ICIAM のような大規模国際会議参加のもう一つの意義は,国際的な研究交流,研究者交流の場に加わることである.自分の関心のある研究テーマについて,思いがけない発表を聴いて刺激を受ける,逆に自分の発表に有意義な質問を受ける,あるいは共同研究の芽が生じるなど,新しい「出会い」を見つけるとともに,長年の知己と久しぶりに再会し旧交を温めあう機会ともなる.そうした機会を得る可能性は大規模国際会議の方が高い.
3. ICIAM Council という組織
上でも述べたように,応用数理国際会議を初めとする応用数理の国際交流の中心となっているのが応用数理国際評議会 International Council for Industrial and Applied Mathematics, 略称は国際会議と同じく ICIAM (イシアムと発音することが多い)である.第1回応用数理国際会議の運営委委員会を拡充して,1987年発足した時には Committee for International Conferences on Industrial and Applied Mathematics(応用数理国際会議委員会,CICIAM)であったが,2001年に現在の ICIAM という名称に改められ,国際会議のみならず応用数理に関する国際共同事業全般の振興を任務とするように改編された.1987年に加盟できる学会の範囲を拡大し,各国の応用数理学会の加盟に門戸を開いたので,日本応用数理学会は1990年創立とともに加盟を果たし,large member として貢献している(加盟学会は,その会員数規模に応じて small, medium あるいは large member に分類される).さらに,応用数理を主たる活動とする full member に加えて,応用数理を含む数学全般に関わる学会が associate member として加盟ができる規約改正を行い,日本数学会は 2008 年4月に large associate member として加盟した.
では応用数理とは何であろうか.ICIAM 自身はこれを定義するような文書は作っていない.歴史的には,SIAM (Society for Industrial and Applied Mathematics) が1951年創立されたとき初めて登場した industrial and applied mathematics という用語が,その後次第に定着し,発展してきた概念といえるだろう.数学の概念・方法論・解析を他分野との連携のなかで活用し,そこからえられた成果をさらに数学それ自身の発展にも生かしてゆくという「立場」と見たらよいと筆者は考えている.「数学」と「応用数学」という固定された領分があるというのとは逆の立場である.
国際評議会は,国際会議 ICIAM の開催地の決定を始め,国際共同に関する重要な決定を行う.各会員学会を代表する評議員が参集・討議し,重要事項については投票で決定するし,また日常活動を担う役員 (officers) を選出している.役員は President, President-Elect ないし Past-President, Secretary,Treasurer, Officer-at-Large 2名の合計6名で構成されている.
4. 東京招致への道のり
日本応用数理学会が国際評議会に加盟して以降,日本の応用数理学界に対する国際的な期待の大きさは,筆者が 1996年に国際評議会評議員の任についてからも実感された.応用数理国際会議の開催地が創始4学会を一巡する展望がはっきりした頃から,次回開催地をどうするか,日本はどうなのかという声は陰に陽に聞こえるようになった.たとえば1998年5月 Edinburgh で行われた国際評議会の昼食時の会話で,SIAM 代表の評議員であった Bob O’Malley から 2007年の国際会議を日本で行えないかという打診があった.当時の学会理事会は「可能性があるかもしれないが,慎重に対処する必要がある」との立場をとっていた.創立よりまだ10年を経ていない学会としては,それは当然であった.
しかし,学会理事会の中心として活動しておられた森 正武さんが 1991 年第2回応用数理国際会議の折に吐露なさっていたように,いずれ日本での開催に挑戦したいとの思いは多くの会員に共有されていたと考えている.そうした思いを背にして,筆者は国際評議会における活動を継続していたが,2015年の国際会議開催地を決める時期(2008 年に立候補,2009年に決定)が近づいてきて,学会理事会に立候補の検討を要請し,慎重な討議の結果,「よしやろう」という結論となった.開催候補地を国内数か所挙げて,条件を検討した結果,早稲田大学早稲田キャンパスを会場とする案をまとめ,2008年4月 Vancouver での国際評議会で招致表明を行った.日本数学会にも相談し,准会員学会として国際評議会に加盟申請をするとの決定をいただいたのも,対策の一環の側面があったのである.同年12月には国際評議会役員から成る現地視察チームを受け入れ,さらに招致提案書に磨きをかけて,2009年5月 Oslo における国際評議会に臨んだ.競争相手は中国・北京であって,こちらは2011年招致に一旦失敗しており,再挑戦であった.票決の結果,東京案は僅差で敗れたが,投票結果発表に対して評議会出席者から期せずして漏れた「ほー」という声は,筆者の耳朶に印象深く残っている.
2019年の国際会議に再挑戦するという可能性もあったが,アジアでの開催が連続するのは国際世論の支持が困難であろうとの判断と,折あしく2011年3月の東日本大震災という未曽有の大災害に遭遇したため,これは見送り,2023年を目指すことを学会理事会で決定し,これが今回の成功に導いたことは,本特集の他の寄稿でご理解下さるであろう.筆者は2011年の国際評議会で,学会の推薦をいただいて,Officer-at-Large に選出され,現在2期目を務めている.役員会でえられた様々な経験・情報を,今回の招致に役立てるべく務めてきたが,招致成功を受けて,また新たな決意で準備に貢献できればと願っている.