学術会合報告

「行列・固有値問題の解法とその応用」研究部会 第32回研究会 参加報告

2022年02月10日

保國 惠一

もりくに けいいち

筑波大学

日本応用数理学会「行列・固有値問題の解法とその応用」研究部会(MEPA)の第32回単独研究会が2021(令和3年)年12月10日午後に開催されました。筆者は当部会の主査として研究会の模様を報告します。当部会のウェブページには、研究会のプログラム等が掲載されており、ご興味をお持ちの方はぜひ参照頂けましたら幸いです。当部会では単独研究会を各年度2回、初夏とこの時期に開催しています。この時期の単独研究会は、例年ではオンサイトで開催していますが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、昨年に引き続きZoomを用いて2度目のオンライン開催となりました。

講演募集は日本応用数理学会と当部会のメーリングリストにより行いました。今回も例年通り9月に講演の募集を開始し、11月に募集を締切ったところ、9件の講演申込みがありました。そのうち、学生によるご講演は3件あり、新鮮な話題を提供いただけました。各講演は質疑応答を含む25分間で行われ、各セッションは3件のご講演、合計3セッションで研究会は構成されました。一方、参加についてはオンライン開催のため前回に引き続き事前登録制とし、36名のご登録がありました。

幅広い研究成果が発表され、連立一次方程式の直接・反復解法、前処理、固有値計算、最適化、並列計算、精度保証、丸め誤差解析、マルチグリッド法等、科学における基礎的な問題から工学から生じる応用問題まで様々な話題がありました。以下に、筆者の印象に残った3件のご講演を概括します。

まず、山川先生(京都大学)らによる「リーマン多様体上の最適化におけるアルミホ直線探索の改良」についてです。リーマン多様体上の無制約最適化問題に対するニュートン法は、多様体の性質に依ってはバックトラッキング(ステップ幅の選び直し)の回数が増加し、ニュートン方向から多様体上に点列を生成するための写像(レトラクション)の計算量がボトルネックになるとのことです。そこで、ステップ幅決定のためのアルミホの直線探索において、ユークリッド空間におけるアルミホ直線探索の条件を用いることでレトラクションを計算する候補を絞る工夫が提案され、この工夫を施したニュートン法は適当な条件のもとで大域的収束性をもつことが示されました。

次に、尾崎先生(芝浦工業大学)による「精度保証付き数値計算の数値再現性への貢献について」では、精度保証付き数値計算を興味深い視点で駆使した数値再現性(ビット単位で同一の計算結果を得ること)の方法が提案されました。計算環境の多様化を背景に、同一コードでも異なる数値計算結果が得られることがあり、デバッグや再現性に問題が生じることに着目されていました。個人的にも、同一コードを用いても以前計算した結果が計算機の違いにより再現されないことがあり、計算事例の提示に苦慮することがあったことから興味をもちました。動機付けとして、異なる計算環境(CPUとコンパイラ)による粒子法の計算結果の違いが紹介されました。実際にMATLABやOctave上で行われた実演は、異なるスレッド数とGPU(graphical processing unit)を用いた場合の連立一次方程式や固有値問題の求解における数値再現性の理解の助けになり、分かりやすい印象でした。行列積、固有値問題、および連立一次方程式に対する数値計算の数倍~20倍弱程度の時間比で数値再現性のある結果が得られていました。現状では、精度保証が可能な問題でないと再現性を実現することは難しいということでしたが、機械学習等における応用問題に対する数値再現性にも興味があります。

それから、山本先生(電気通信大学)らによる「ブロック赤黒順序付けを用いた摂動付きMIC(0)分解のモデル問題による収束性解析」では、2次元ポアソン方程式を離散化して得られる連立一次方程式に対する共役勾配法の前処理について検討が行われました。不完全コレスキー(IC)分解前処理に対してブロック赤黒順序付けという行列のオーダーリングを用いると、前処理の性能を保ったまま並列化効率を高めることができることが知られていました。そこで本研究では、摂動を加える工夫を施した不完全コレスキー(MIC)分解により前処理した行列の条件数のオーダーをNの二乗からNに小さくできることを示されました(Nは1辺の格子数)。本結果を、より広いクラスの行列へ拡張できることが期待されます。

質疑応答では活発な議論が交わされ、盛況のうちに研究会の幕を下ろすことができました。ともすると議論が活発なあまり予定時間を過ぎてしまうこともありましたが、当部会では議論を簡便でオープンに行えるウェブサービスSlackをこれまで利用しており、講演者および参加者間における議論の延長に役立っていました。Slackではセッション時間内に収まり切らなかった質疑応答の延長に限らず、オンサイトであれば休憩時間にするようなさらに突っ込んだ議論やざっくばらんな会話をしたりするようなことを簡便に実現できます。

こうしたオンラインによる会議の利点として出入りが即座にできることが挙げられ、実際、直前まで別の業務に携わられていた講演者や参加者の方々がセッション開始時間には現れ、発表や聴講をすることができているようでした。今後もオンライン開催が継続される際には、すべての講演を聞こうとは気負わずにご興味のある講演のみでもちょっと覗いてみるようにお気軽に参加頂けましたら幸いです。

研究会後にはオンラインでの懇親会を開催し、コロナ禍により対面ではなかなか直接会えない中、近況を報告しあったり、情報を交換しあったりして親睦を深めることができました。

本研究会はJSIAM Lettersの投稿条件を満たすようにして例年開催しており、ご興味がある方は次回以降に積極的なご講演のお申込みをお待ちしています。最後になりますが、本研究会開催の準備に中心となってご尽力頂いた幹事の相原先生(東京都市大学)に感謝を申し上げ、筆をおきます。