学術会合報告

時間遅れ系と数理科学:理論と応用の新たな展開に向けて 開催報告

2022年03月24日

中田 行彦

なかた ゆきひこ

青山学院大学

2021年11月17日(水)〜19日(金)の期間に,RIMS共同研究(公開型)「時間遅れ系と数理科学:理論と応用の新たな展開に向けて」が開催されました.
https://sites.google.com/view/delayws2021/

本研究集会は,「時間遅れ系」における多くの課題や,最近の関心,近年の研究の発展を背景として企画・開催されました.ネットワーク系の遅延ダイナミクス,遅延微分方程式の精度保証付き数値計算,確率的ノイズと時間遅れの相互作用,時間遅れを含む偏微分方程式,時間遅れが関わる生命現象,時間遅れの情報工学や制御問題への応用,データ解析やシミュレーション技法等,キーワードを挙げるだけでも多くの時間遅れが関わる幅広い話題を参加者で共有し,分野横断的に研究分野を拡大していくことを目的としています.

時間に関する未知関数の時間微分が,自身の過去の情報に依存する遅延微分方程式(Delay Differential Equations)は,20世紀初めから多くの数学者・物理学者によって精力的な研究が行われてきました([1, 2]に詳しい).遅延微分方程式は,時間遅れを含む現象の記述に用いられますが,その一方で,多種多様な現象における「時間遅れ」のモデル化において,統一的な方法や方程式があるわけではありません.様々な現象において時間遅れは普遍的に見られますが,そのモデリングや数学的基盤,ダイナミクスの解析,その応用や活用など,「時間遅れ」に対する理解はまだ十分ではないと考えています.

2020年から,応用数理学会の年会にて,石渡恵美子さん,石渡哲哉さん,西口純矢さん,筆者が世話人となって正会員主催OS「時間遅れと数理」を開催しています.応用数理学会のOSや本共同研究のタイトルは,研究分野の広がりを意図した,西口さんのアイデアです.また,池田幸太さん,石渡哲哉さん,井元佑介さん,高安亮紀さん,西口純矢さん達と一緒に「時間遅れと数理セミナー」という名前のセミナーを不定期で開催しています.まとまった時間を確保して,時間遅れに関する様々な研究を互いに紹介しあい,互いの情報や知見,問題意識を共有し,今後の展望を議論出来るような場を持つために,RIMS共同研究の開催を企画しました.

申請当初は対面での開催を検討していましたが,感染症の流行状況が変わる中,開催1ヶ月前まで開催形式を決めることはやや困難でした.京都大学より、人数制限下でのハイブリッド開催が可能であるとの連絡を受け,世話人の皆さんで何度かZoom会議をして,世話人・講演者の中で希望者が現地に集合する形式で,研究集会を開催することを決定しました.

ハイブリッド形式での研究集会の開催でしたが,計14名の講演者の方に,研究発表をしていただきました.講演者の皆様には,この場を借りて改めてお礼申し上げます.本共同研究では,時間遅れをもつ微分方程式の数理解析・数値解析から,精度保証付き数値計算,時間遅れを含む偏微分方程式の時間大域解,確率的ノイズと時間遅れの相互作用,分数階微分方程式に関する紹介や,時間遅れをもつ系の確率シミュレーションの技法,遺伝子ネットワークで見られる時間遅れなど様々な話題がありました.特に,ネットワーク上の時間遅れ系のダイナミクスに関する講演は複数あり,関心の高さが表れているようです.京都大学の吉岡久美子さんには,体節形成において,細胞間のシグナルフィードバックの時間遅れが重要であることと,そのフィードバック機構にLfng遺伝子が含まれていることについて発表して頂きました.時間遅れが関わる生命現象の研究について拝聴できる貴重な機会となりました.また北海道大学の劉逸侃さんには,分数階数微分方程式について,基礎的な点から丁寧に講演していただきました.分数階数の微分方程式は,非局所性やメモリー効果をもつ微分方程式で,方程式が定める力学系や,遅延微分方程式との関連やモデリングにおける共通項など,興味深い問題が多くあるのではないかと思いました.

オンラインと会場を繋ぐ質疑応答も活発に行われました.研究集会のSlackを立ち上げ,Slack上でアブストラクトを共有しました.発表資料や関連資料をアップロードして頂けるような講演者もいらっしゃり,大変有り難く感じました.Spatial Chatによる「継続討論」も開催し,皆さんでわいわいと話す機会もありました.オンラインを通じて参加して頂いた皆様,現地に集まっていただいた世話人・講演者の皆さん,大変有難うございました.皆さんが様々な課題に取り組まれ,参加者として,大きな刺激を受けました.時間遅れのモデリングや解析手法は今後も大きく発展していくのでは,と考えています.

本原稿は,昨年に依頼されていたものの,大幅な時間遅れで入稿することとなりました.三木先生,中井 拳吾先生には会合報告の執筆の機会を頂いたことを感謝申し上げると共に,ご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます.以上で学術会合報告を終えたいと思います.

[1] J.K. Hale, S.M. Verduyn Lunel, Introduction to Functional Differential Equations. (1993) Springer
[2] 内藤敏機, 原惟行, 日野義之, 宮崎倫子, 『タイムラグをもつ微分方程式―関数微分方程式入門』(2002) 牧野書店