学術会合報告
三部会連携「応用数理セミナー」参加報告
2019年03月04日
柏原 崇人
かしわばら たかひと
東京大学
2018年12月26日,東京大学大学院数理科学研究科において三部会連携「応用数理セミナー」が開催され,80名が参加しました(HPはこちら).本セミナーは,日本応用数理学会の「行列・固有値問題の解法とその応用」,「計算の品質」,「科学技術計算と数値解析」の各部会が講師をお招きし,学生や企業の研究者を対象として,2時間ずつ合計6時間,応用数理に関するチュートリアル講義を行うものです.本セミナーの成り立ちや沿革については,相島健助先生による昨年度の本セミナー参加報告に詳しく記されています.以下では,今年度の各部会の講義内容について簡潔にまとめたいと思います.
10:00から12:00までは「行列・固有値の解法とその応用」研究部会の担当で,友枝明保先生(武蔵野大学)が講師として「数理が創り出す錯視作品たち」というタイトルで講義されました.錯視というのはものが実際とは違うように見えてしまうことですが,今回の講義では,立体に関わる錯視現象とそれを人為的に発生させるための数理的手法が中心的なトピックとなりました.立体の錯視が生まれる原因は,一言で言えば人が2次元の網膜像を通じて3次元の視覚情報の復元する際に齟齬が生じるからなのですが,その結果引き起こされる具体的な現象は非常に多彩で,凹凸が逆転して見える矢印を始め,多くの錯視作品が講義中に紹介されました.会場では3Dプリンタで作成された錯視作品を実際に拝見しましたが,3次元の実物を目の前にすると錯視を体感するのはむしろ難しく,劇的な錯視は視線の角度や2次元への射影法といった数理的な要素を緻密に計算しているから可能になったのではないかと感じられました.
続いて,13:15から15:15までの「計算の品質部会」の枠では,柏木雅英先生(早稲田大学)・関根晃太先生(東洋大学)・劉雪峰先生(新潟大学)の3人が講師を担当されました.柏木先生の講義のタイトルは「常微分方程式の精度保証付き数値解法」で,ベキ級数演算法・Lohner 法・Affine ArithmeticとQR分解法によって,解を包含する候補者集合を効率よく計算するための理論が説明されました.これらの手法は柏木先生自身が開発しているkvライブラリに実装されており,2重振り子問題に対する適用例が詳しく解説されました.
劉先生の「偏微分方程式の精度保証付き数値計算法(I):境界値問題と固有値問題」という講義では,主にPoisson方程式の固有値問題の場合に,固有値の上界と下界を数値計算によって正確に評価するための理論が解説されました.劉先生の理論はMATLABとINTLABツールボックスがあれば初心者でも実装が可能とのことなので,将来利用してみたいと思います.
関根晃太先生(東洋大学)の講義は,当初のタイトルは「偏微分方程式の精度保証付き数値計算法(II):半線形楕円型境界値問題」でしたが,より基本的な有限次元の線形方程式の場合に重点を置き,精度保証付き数値計算によって方程式の解の存在を厳密に示すための方法が解説されました.理論的に証明しなければならない部分と数値計算によって確かめるべき部分が明解に区別され,学部生にもわかりやすかったと思います.
15:30から17:30までの「科学技術計算と数値解析」部会の枠では,齊藤宣一先生(東京大学)・周冠宇先生(東京理科大学)・筆者の3人が「数学教授にでも使えるFreefem++」というタイトルで,有限要素法のフリーソフトウェアFreefem++への入門的な講義を担当しました.インパクトのあるタイトルですが,これは「微分方程式の数学解析が得意で,解の数値計算や可視化にも興味はあるが自分でやるのはちょっと・・・」という気持ちの研究者の方を対象として,気軽に数値計算できる環境を紹介することによって数学解析と数値解析の垣根を下げ,ゆくゆくは2分野の協働につなげていきたいとの願いを込めて付けられたものです.Poisson方程式の解き方といった極めて基本的な部分から,反応拡散系によるパターン形成・複素数型を用いたSchrödinger方程式の求解といった,目新しいトピックまで広い範囲をカバーしましたが,偏微分方程式の数値解析の裾野を広げる一助につながればと思います.
最後になりましたが,今年度は本セミナーの趣旨の原点に立ち返り,初学者向けを意識して難しすぎない内容にしてほしいと講師の方々にお願いしたとのことで,実際,どの講義もわかりやすさや丁寧さに配慮した構成となっていたことから,その目論見は十分に達成されたのではないかと思います.今回幹事を担当された齊藤先生を始め,主催者および講師の皆様に感謝申し上げるとともに,来年度以降も本セミナーが継続して開催されることを楽しみにさせていただきます.