学術会合報告
日本応用数理学会2019年度年会開催報告と若干の思い出
2019年10月08日
齊藤 宣一
さいとう のりかず
東京大学大学院数理科学研究科
1. 年会の記録と様子
日本応用数理学会2019年度年会(https://annual2019.jsiam.org/)が,2019年9月3日から5日まで,東京大学駒場キャンパスで行われた.参加者数は,最終的に544になり,盛会であった.参加された皆様には,実行委員会を代表して,改めて御礼を申し上げたい.口頭講演は265件(うち2件は総合講演),ポスター講演が24件であった.今回は特に正会員の企画セッション(OS)の数が多く,近年6が普通であったセッション数を7にせざるを得なかった.また,受付,企業展示,ポスター講演,表彰式,総合講演を数理科学研究科棟で,口頭講演を21KOMCEE棟で行ったため,参加者にはご不便をお掛けしたかも知れない.さらに,21KOMCEEでは,East棟(A-D会場)とWest棟(E-G会場)の移動の際に,一旦外にでなければならず,なおさら面倒をお掛けしてしまった.
総合講演の一つは,実行委員会から数理科学研究科・特任教授の中川淳一先生にお願いし,『社会連携講座 「データサイエンスにおける数学イノベーション」が目指すもの』についてご講演を賜った.一方,日本数学会からの推薦で,数理科学研究科・教授の小木曽啓示先生がご講演を引き受けてくださり,『離散非有限生成な全自己同型群をもつ滑らかな射影代数多様体の一構成』について黒板で解説をされた.多くの聴衆が,東大数理の意外な面と伝統的な面を,同時に堪能していただけたのではないかと思う.この2つの講演は,東京大学大学院数理科学研究科の数理ビデオアーカイブスに収録される予定である.
佐古和恵前会長(NEC)が企画した正会員OS「数理資本主義の時代」では,パネリストとして守谷学 (経産省),八丁地園子(津田塾大学),若山正人(九州大学)の諸氏をお招きし,パネル討論を行い,たいへん盛況であった.なお,このパネル討論で使用されたスライドは,年会のウェッブページで閲覧できる.
年会2日目の昼には,「キャリアデザインのためのランチミーティング」を開いたが,多くの若手研究者が参加し,用意した弁当が足りなくなるほどであった.
ポスター講演は,講演数自体は多いわけではなかったが,どのポスターの前にも大勢の聴衆が張り付き,活発な議論が繰り広げられていた.用意したケータリングのコーヒーが一瞬で消費されてしまったほどである.その割には,優秀ポスター賞への投票権を放棄する人が多く残念であった.
2. 準備の経緯
時弘哲治理事を大会委員長,齊藤宣一監事を実行委員長として,実行委員会が組織されたのは2018年11月の末であった.実際の具体的な準備(労働!)は,数理科学研究科の若手スタッフである宮本安人,米田剛,柏原崇人,田内大渡がすべて担ってくれた.会場の利用やアルバイト学生の確保では,総合文化研究科の国場敦夫と情報理工学研究科の岩田覚,松尾宇泰の諸先生が骨を折ってくれた.また,前々回の年会の会場であった武蔵野大学から,友枝明保,松家敬介の二人にも実行員会に加わってもらい,いろいろとアドバイスを受けた.ウェッブや参加登録・講演登録に関する技術的な部分は,ネットワーク委員会から,山中脩也(明星大学)が実行委員として相変わらずの激務をこなしてくれた.特に,5月に起こった学会ウェッブシステムトラブルの余波として,参加費の銀行振込に関して若干のトラブルに見舞われたが,冷静に対処してくれた.全体として,滞りなく準備が進められ,無事に年会を終えることができた.結果として,委員長(主に実行委員長)は,委員長らしくしていれば良いのみであった.
3. 個人的な思いと若干の思い出
東大駒場キャンパスでの年会の開催が決まってから,多くの人に参加を勧めた.特に若い研究者には講演やOSの企画を勧めた.私にとって学会とは,自身の研究によって得られた新しい知見を論文として公表し優先権を確保する厳粛な場であり,その存在感に疑問を抱いたことはないが,一方で,現在,若手として自分自身を売り出さなければならない人たちが同じことを考えているのかについては,正直なところ疑問がないわけではなかった.例えば,分野によっては,世界のトップカンファレンスでポスター発表をするのも狭き門(採択率が20%程度!)であり,国内の学会で口頭発表は,それに比べるとのんびりしたものという印象を受けるかもしれない.特に若い研究者が,そのようなトップカンファレンスを優先するのは当然であろう.一方で,数学分野でも,研究成果を公表し優先権を確保するためには,arXivプレプリントサーバに論文を発表するのが確実で,分野によっては,若い研究者が情報を検索する際に最初に利用するのは,MathSciNetでもGoogleでもなく,arXivだという(図書館関係者,企業研究者の方々複数から聞いた話).実際,プログラム編成をしていると,老若男女を問わず,学会での論文発表を,一般の研究会での講演と区別していない人が多く,驚いた.学会には権威があるという思い込みを持たずに,常に存在感を確かなものにする努力が必要であると,改めて感じた次第である.
実は,東大駒場キャンパスでの年会の開催は今回が2回目である.前回行われたのは,1996年9月,すなわち,23年前である.学会誌「応用数理」第7巻1号(1997年3月発行)には薩摩順吉先生による「第6回年会報告(https://doi.org/10.11540/bjsiam.7.1_73)」が記されている.参加者総数は348人だったようである(当時は原則として会員しか参加はできなかった).講演数は記されていない.ちなみに,最近は,第X回年会という数え方はしなくなってしまったが,今回が第29回である.応用数理学会の年会は第1回が1991年に開催されているので,計算しやすい.さらに記せば,第1回年会は東京大学工学部(本郷キャンパス)で開催され,参加者は227人,総講演数は114件であった(「応用数理」第2巻1号の「記録(https://doi.org/10.11540/bjsiam.2.1_109_2)」を参照のこと).
薩摩先生の報告には,「実行委員会の主体は数理科学研究科のスタッフであった」とあるが,現在のスタッフに確認したところ,この1996年の年会のことを記憶している者は皆無であった.一方で,私はこの時の年会のことを詳細に覚えている.というのも,当時修士課程2年の院生であった私が,学会ではじめて口頭講演をしたからである.おかしなもので,2回目,3回目のことは全く記憶にないが,はじめての口頭講演の記憶は鮮明なままである.私の講演は3日目の最後のセッションであった.大いに緊張して,前のセッションの発表を神妙に聞いていると,全身黒ずくめで長髪細身の人物が,4階の非線形偏微分方程式を数値計算する際にはエネルギー汎関数の離散化に着目すると安定なスキームが得られる,という話をしていた(降籏大介先生のこと.当時,東大工学部助手).高階の偏微分方程式を解くことの難しさを理解していなかった私は,そういうものかと思って聞いていた.また,私の発表の一つ前は,速水謙先生(当時,東大工学部助教授)の発表であった.無教養な私は,「速水」を「はやみ」と読むのだと,そのとき初めて知ったのである.また,自分の発表が終わってから,三井斌友先生(当時,名古屋大学教授)と田端正久先生(当時,広島大学教授)から声を掛けていただき,たいへん感激した.お褒めの言葉をいただいたと記憶しているが,それは記憶の改竄であって,本当はお叱りを受けたのかもしれないが,もはや真偽は確かめようがない.それはともかく,この年会の開催からは23年が経過したが,このとき出会った先生方とは,今に至るまで交流が続いている.このような経験は,学会に参加していたからこそ,得られる大きな歓びである.