学術会合報告

森正武先生を偲ぶ3講演 -第46回数値解析シンポジウム-

2018年04月26日

降籏 大介

ふりはた だいすけ

大阪大学

森正武先生は、2017年2月24日に享年79歳にて逝去なされました.70歳にて東京電機大学を最後に大学の職を辞されてから、先生はご自宅にて悠々自適のご生活をされており、先生の研究室でお世話になったわれわれも年に数回は学会に参加されたおりや研究室関係者での集まりの機などにお会いしまして、矍鑠とした先生のお姿に元気をもらっていたものでした.そのような状況でしたので、先生が亡くなられたとの報を受けた時はにわかに信じがたく、そして強い落胆を覚えたものでした.
同じくそうした思いを抱きました諸先生方の御声がけで、2017年6月に行われる第46回数値解析シンポジウム(通称NAS)にて森先生を偲ぶ講演のプログラムが組まれることになり、森正武先生にゆかりのある研究者による講演が 計3件、行われました.本稿はその3つの講演について報告するものであります.
なお、その数値解析シンポジウム全体は2017年6月28日(水)から30日(金)にかけて滋賀県グリーンパーク想い出の森にて開催されたものであり、その参加報告が、筑波大学の高安亮紀先生によってなされておりますので、ぜひそちらをご参照いただけましたらと思います.
そして、この数値解析シンポジウムの2日目、6月29日(木)のセッションG(16:10-17:40)にてこれら3つの講演がなされました.題目と講演者の情報は以下の通りです.

題目:二重指数関数型積分公式について
講演者:大浦拓哉(京都大学)
題目:構造保存数値解法について -森正武先生を偲んで-
講演者:降籏大介(大阪大学)
題目:森正武さんと歩んできた道 -足跡を偲んで-
講演者:三井斌友(名古屋大学)

セッションの始まりにあたり、司会の張紹良先生が森正武先生について教育者としての側面と研究者としての側面とこの数値解析シンポジウムや日本応用数理学会へのご貢献について紹介されるとともに、セッションの由縁を述べられました.
京都大学の大浦拓哉先生による最初の講演では、森正武先生が高橋秀俊先生と研究されておられました二重指数関数型積分公式(DE公式とよく呼ばれます)について、1970年台からの歴史的な経緯と、その数学的背景が大変にすっきりとした形で示されておりました.
この二重指数関数型公式は同種の数値積分公式の中でもまさに”best”と呼ぶべき随一の存在で, 本邦の数値解析研究者の誇る成果の一つですが、その本質は変換公式の数式そのものを見てもなかなか掴めるものではありません.
これに対し大浦先生は、その本質的なポイントが、台形則の最適性、誤差の特性関数による可視化、そして、最適な変数変換が二重指数型変換であることを複素関数論に基いて高橋秀俊先生と森正武先生の優れたセンスによって探し求めることに成功したことであることの 3点に帰することができることを大変明確に示し、丁寧に数式とグラフにて分かりやすい解説を加えておりました.この数学的な精妙な組み合わせの妙をみるにつけ、森正武先生の数学的なセンスの凄みをあらためて実感させられました.
二つ目の講演は、本稿著者たる大阪大学の降籏によるもので、現在は広く構造保存数値解法とよばれる、微分方程式等に対して数学的性質を再現する数値解析手法に対するもので、その構成は、この手法の森正武先生に関連する歴史的経緯に関する前半と、この手法の具体的な例を述べてその数学的な解説を行う後半からなるものでした.
前半では、これらの成果が、森正武先生が東京大学工学部物理工学科でたちあげられた研究室で、降籏が、数値計算が大変不安定な偏微分方程式を計算する為に始めた研究に端を発したことや、その数学的本質を探るために研究室内部で様々な試行錯誤が行われたことなどが述べられました.
後半では、常微分方程式と偏微分方程式を対象として、具体的な構造保存数値解法を解説し、そのポイントが、問題の数学的性質を明確にした上で如何に離散化するかにかかっていることを解説しました.微分方程式の離散近似は多くの問題のシミュレーションで必須な過程ですが、そのための数学的ポリシーを与えるという意味で有用な知見だと信じるものです.
そして三つ目の講演では、名古屋大学名誉教授の三井斌友先生が、森正武先生との40年以上のご交流をふりかえり、応用数学、数値解析分野における教育、研究についての森正武先生のご貢献などについて多くの写真や画像とご一緒にご紹介されました.
最初に、1969年4月に三井先生が助手として、翌年3月に森正武先生が助教授として着任された数理解析研究所数値解析研究部門(占部実先生が率いておられた)からの出会いをはじめに、森先生についてのご略歴を写真とともに紹介されました.また、実はお二人は世田谷区立深沢中学のご同窓生でもあるとのエピソードなども語られました.
また、森正武先生がプログラミングの達人であられたことをFortranや図形処理プログラムに関する著書の紹介とともに述べられました.実際、FFTパッケージを森正武先生よりいただいて三井先生が研究を進められたこともあるそうです.
それから、数値解析分野における森正武先生の研究と業界への貢献についてご紹介されました.複素関数論を駆使しての数値解析を研究されるスタイルは有名で、Nick Trefethenがおもわず「すごい」とつぶやいたとのエピソードも披露されました.また、1969年11月から高橋秀俊先生によってはじまった数理解析研究所の研究集会について森正武先生はもちろん大変寄与されており、それが現在なお連綿と続いていることや、日本応用数理学会の発足基盤の一つとなった C&Aセミナー、そしてこの数値解析シンポジウムにも大きく貢献していることなどが紹介されました.同様に、国際的な活動についての森正武先生のご貢献が、1980年台のベルギーの会議などを例にして紹介なされました.
そして、日本応用数理学会創立とその後の森正武先生と三井先生のご協力ぶりが、さまざまな資料をもとに紹介されました.学会の名称についてもいろいろな案があったことなど、貴重な情報も聞くことが出来ました.
最後に、国際活動における森正武先生のご貢献について紹介があり、特にICIAMの日本での開催誘致について、森正武先生も熱望されていたこと、2015年開催誘致に失敗したことなどが述べられました.そしてなにより、2023年のICIAMの東京開催がこの2017年5月の会議で決まったこと、これを泉下の森正武先生にご報告申し上げる、きっと喜んでもらえるだろう、と述べて三井先生のお話はおわりました.
そしてこれらの講演後の質疑応答にて、二重指数型変換の研究における森正武先生の直感の働かせ方や、その変換が一種の前処理として解釈できるのかどうか、といったことについての質問と、森正武先生が以前どのようにお答えされていたか、などのやりとりがあり、本セッションは終了いたしました.