学術会合報告

高精度固有値計算に関する国際会議IWASEP10出張報告

2014年07月20日

山本 有作

やまもと ゆうさく

電気通信大学 情報理工学研究科 情報・通信工学専攻

1. 学会の概要

IWASEP(International Workshop on Accurate Solution of Eigenvalue Problems)は,1996年から隔年で行われている,高精度固有値計算に関する国際会議である。参加者は30~50名と比較的小規模であるが,Parlett,Sorensen,Ipsenをはじめ固有値計算に関する第一線の研究者が多数参加し,レベルの高い講演が多い。また,パラレルセッションがなく,1講演の時間が25分~50分と長いこと,コーヒーブレイク,昼食,エクスカージョンなどの時間がたっぷり取られていることなどから,参加者どうしの議論が十分にできることが特色である。10回目となる今回は,クロアチアのドブロブニクで開催された。ドブロブニクは,「アドリア海の真珠」として世界的に知られ,中世の街並みが残る美しい町である。また,クロアチアは,固有値計算のためのヤコビ法の理論的解析に関しては,世界をリードする実績がある。我々は最近,ヤコビ法に基づく超並列向けのソルバを開発しており,それに関連して収束性についての解析も少し行っていたことから,今回,参加することにした。

2. 目立ったテーマ

近年,固有値計算のコミュニティでは,非線形固有値問題に対する関心が高い。本会議でも,多項式固有値問題と有理式固有値問題に関する講演が全部で6件あり,関心の高さが伺えた。これらの固有値問題は,線形化と呼ばれる手法によって一般固有値問題に帰着できるが,新しい線形化の手法や,線形化の手法によって条件数がどう変わるかなどのテーマが議論されていた。ほとんどの発表は固有値問題をテーマとしていたが,Riccati方程式やSylvester方程式の数値解法,行列関数の計算法,線形計算におけるランダマイズドアルゴリズムなど,関連するテーマの講演もあった。

3. 興味深かった講演

特に興味深かった発表について,簡単に概要を記す。なお,各発表に関するより詳細な報告を,以下のページに掲載している。
http://www.na.scitec.kobe-u.ac.jp/~yamamoto/conference/IWASEP10.html
ご興味をお持ちの方は,ご覧いただければ幸いである。

(1) A Restarted Induced Dimension Reduction method to approximate eigenpairs of large unsymmetric matrices (R. Astudillo and M. B. van Gijzen)
IDR(s)法に基づく固有値解法の提案。大規模疎行列向けの固有値解法であるArnoldi法では,行列AのArnoldi分解を計算し,そこに出てくるHessenebrg行列の固有値を計算することで,Aの固有値の近似値を求める。本発表では,IDR分解と呼ばれる分解を利用して,同様に近似固有値を求められることを示した。Arnoldi法に比べ,ベクトルの直交化が少なくて済むという利点がある。

(2) The Fiedler matrix and the LR algorithm (Carla Ferreira and Beresford N. Parlett)
代数方程式の解法として,コンパニオン行列の固有値問題に基づく解法がある。本論文では,Fiedlerコンパニオン行列と呼ばれる新しいタイプの行列を用いて,代数方程式を解く手法を提案した。この行列は帯行列のため,LR法を適用する場合,1反復あたりO(n)の計算量で反復を行えるという利点がある。

(3) On the convergence of the cyclic and quasi-cyclic block Jacobi methods (Erna Begović and Vjeran Hari)
固有値計算のためのブロックヤコビ法の大域的収束性を議論するための新しい理論的枠組みの提案。幅広いクラスの消去順序,及び,一般固有値問題や特異値分解用の解法を含む様々なブロックヤコビ法の変種に対し,大域的収束性のための十分条件を与える。

(4) On error resilience of a complex moment-based eigensolver (Tetsuya Sakurai, Yasunori Futamura and Akira Imakura)
複素周回積分を用いたRayleigh-Ritz型の固有値解法であるCIRR法の持つ耐故障性についての解析。CIRR法では,積分の標本点の1つでビットフリップ等による誤差が混入した場合でも,誤差の影響はRayleigh-Ritz法を行う空間の中での低次元の部分空間に留まり,前者の空間の次元を十分大きく取れば,計算された固有値には誤差の影響が及ばないことが示された。

4. おわりに

本会議の参加者は43名であったが,そのうち,女性が14名と1/3を占めていたのには感心した。特に学生が多かった。一方,対称固有値問題に関する教科書で有名なParlettは,81歳になるそうだが,一番前に座り,どの講演にも活発に質問・コメントをしていた。エクスカーションで近隣の植物園に出掛けた際には,毎日やっているという太極拳の実演をするなど,大変お元気な様子であった。次回の会議は Daniel Kressner が世話人となり,2016年6月初旬にスイスのロザンヌで行われるということである。