学術会合報告

RIMS共同研究(公開型)「数値解析が拓く次世代情報社会~エッジから富岳まで~」参加報告

2023年03月17日

磯部 伸

いそべ のぼる

東京大学大学院数理科学研究科

2022年10月12日(水)から14日(金)にかけて, RIMS共同研究(公開型)「数値解析が拓く次世代情報社会~エッジから富岳まで~」が開催されました.

本研究集会は,1966年に開催された「数値解析の基礎理論および偏微分方程式の数値解法シンポジウム」に端を発する数値解析学に関する研究集会です.記録によると,1969年から2019年までは,京都大学数理解析研究所(以下,RIMS)において,対面で開催されていた会であったようです.しかし,2020年と2021年においては,現在も続く新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミックの影響もあり,各種学会はオンラインでの開催を余儀なく強いられ,本研究集会においては開催自体がなされませんでした.

一方,今回は初めて,ハイブリッド,つまり,RIMSからでも,オンラインからでも,どちらの参加形態であっても問題のない形態が採用されておりました.参加にあたって場所を選ばなくて済んだことは,参加者である私にとって,非常にありがたいものでした.一方で,主催者の方々にとって,このような形態を採用することは例年通りの対面会場の設定に加えて,オンライン配信用の器材準備も必要とする,非常に煩わしいものであったと推察いたします.主催者の方々に,この場をお借りして,お礼申し上げます.

このように,時代を象徴するような形態で始まった本研究集会ですが,プログラムにも,現代における多様な数値計算ニーズに応えるための大規模並列計算に関する講演が数多くみられました.例えば,

  • h3-Open-BDEC:「計算・データ・学習」融合による革新的スーパーコンピューティング
  • NVIDIA Tensorコアを用いた単精度行列積エミュレーション
  • 固有値分解に対する混合精度計算と精度保証法
  • 前処理付きクリロフ部分空間法への低/任意精度の適用

といった題目の講演では,畳み込みニューラルネットワークといった機械学習技術への応用を視野に,精度と計算量を両立しながら大規模計算を行うための匠の技について解説がありました.また,

  • 生物の左右性形成に関する数理的研究について
  • 波動解析が拓くNDE4.0の実現-社会インフラ構造物への応用を見据えて-
  • TRHEPD順問題計算における分割法の適用

では,生物の形態形成や構造物の非破壊検査といった,数理モデルの構築とその効率的な計算法の確立がなくては解決が難しい課題を紹介して頂きました.

このように,数値解析の基盤と対象の双方が複雑化している状況に伴い,数値計算の技法・アルゴリズムにも,これまでにない,革新的な変化が生じているように思われます.実際,各分野で精力的に活躍している,新進気鋭の若手研究者の方々による

  • 離散化に由来する不確実性定量化の近年の動向
  • 数値線形代数と線形回帰分析
  • 数値線形代数における乱択アルゴリズム

といった講演では,確率論的な発想に根差したアルゴリズムによって,従来の決定論的手法では成し得なかった高速計算や誤差評価が可能になる様が鮮やかに示されていました.更には,

では,最適化分野における一次法や,機械学習分野におけるニューラルネットワークが,理論数値解析の技術と融合していく機運が感じられました.このように,計算機を巡る環境の変化が,計算手法の更なる発展をもたらしつつ,数値解析の新たな地平が切り開かれていることに,私は興奮を覚えました.

興奮冷めやらぬ私に,「何を,どれだけ正しく計算できているか」を,正確に検証する冷静さを取り戻してくれる講演もありました.具体的には

  • 移流拡散問題のための質量保存2段 Lagrange-Galerkin スキーム
  • 放物型方程式に対する時間半離散不連続ガラーキン法のLt Lxpノルム誤差評価
  • 非線形波動方程式の爆発現象に関する数値解析と数学解析
  • 時間発展方程式に対する厳密な数値求積法の最近の進展
  • Stokes作用素の有限要素近似に対するLpリゾルベント評価

といった,関数解析や偏微分方程式論の端正な数学理論に立脚した誤差評価の技法や離散化スキームの導出には,思わず唸らせられました.同時に,計算結果が正しいということを保証するには,計算する対象となっている問題に,どのような仮定を課しているのかを明確にすることが必要であるのだと再認識させられました.

以上の講演の多くを,私は対面で聴講していました.過去二年間は,研究発表をオンラインで聴くことが多かったのですが,それと比べると,対面での聴講には,講演者の方々の発表中の熱量や,講演後の質疑応答の活気が感じられるメリットがあるのだと,この研究集会で初めて知ることができました.また,集会が終わった後に,普段の研究生活では味わえない,鴨川沿いの穏やかな時の流れを感じられたことが,やけに印象に残っています(図1).

図1 研究集会後の鴨川デルタ周辺の風景
図1 研究集会後の鴨川デルタ周辺の風景

今回の研究集会を経て,自分の研究を,数値解析学という大きな流れの一部分として認識することができました.講演者の皆様には,このような学びの機会を頂き,大変感謝しております.ありがとうございました.