ラボラトリーズ

東京大学大学院数理科学研究科附属 数理科学連携基盤センターの紹介

2017年09月26日

時弘哲治

ときひろ てつじ

東京大学 大学院数理科学研究科

応用数理学会は1990年に発足しましたが,東京大学大学院数理科学研究科は,その2年後の1992年に,当時の理学部数学科,基礎科学科数学コース,教養学部数学教室が統合し,大学前期課程教養学部1,2年生から後期課程理学部数学科および基礎科学科数学コース(現在では統合自然科学科数理自然科学コース)の数学教育,さらに大学院での数学教育まで一貫した教育・研究を行うことを目的に発足しました.新しく生まれた数理科学研究科のもう一つの特徴は,「数学」ではなく「数理科学」を研究することを目標としたことで,従来の代数,幾何,解析に加えて新たに応用数理の研究者が研究科に所属することになりました.筆者は1995年に工学部物理工学科から数理科学研究科に異動しましたが,当時の研究科長であった落合卓四郎先生が物理工学科の研究室にお見えになり,欧米の大学での応用数学教育やその日本における必要性について熱意を持って語られた事に感激したことを覚えています.発足以来,数理科学研究科は応用数理分野の研究者を一定の割合で輩出してきましたが,所属する教員の専門分野が限られていることもあり,他分野との連携や産業界との共同研究は個人のレベルにとどまっていました.そんな中で,2006年に,文部科学省の科学技術政策研究所から「忘れられた科学—数学,主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性」と題する報告書が提出され,日本の数学研究と科学技術振興のためにとるべき喫緊の対策として,数学研究に対する政府研究資金を拡充することに加え,(1) 数学と他分野との分野融合研究を推進するため,数学-他分野融合研究の推進拠点を構築する,(2) 数学研究者と産業界との相互理解を促進し,共同研究の実施について具体的に検討する,という提言がなされました.その後も,「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」(2007-2016)、「数学・数理科学と他分野の連携・協力の推進に関する調査・検討」(2009),「数学イノベーションユニット」(2011-),「数学・数理科学と諸科学・産業との協働によるイノベーション創出のための研究促進プログラム」 (2012-)など,数理科学と諸科学や産業界との連携が強く求められてきました.こうした状況に鑑み,数理科学と科学・産業の諸分野との連携を効率的,継続的に行い,さらなる発展,開拓を行っていくことを目的として,外部から見える形の組織として, 2013年4月に数理科学連携基盤センター(Interdisciplinary Center for Mathematical Sciences (ICMS))が設立されました. ICMSは,2015年4月より,正式に数理科学研究科の附属施設と,東大の基本組織規則に制定されています.ICMSにおいては,産業界を含む諸分野の研究者との共同研究を支援すると同時に,数理科学研究科の大学院生を対象とする数学の産業や諸科学への応用に関心を持たせるための教育プログラム,東京大学全体における数理科学教育,産業界を含む社会に対する数理科学啓蒙のための教育プログラムの開発も目的としています.具体的な活動として,発足当時最も大きかったものは,2013年度に開始され,昨年度いったんは終了した文部科学省 (後に国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED)の所管に変更)の生命動態システム科学推進拠点事業「転写の機構解明のための動態システム生物医学数理解析拠点(iBMath)」(拠点長,井原茂男特任教授)の活動支援があげられます.iBMathについては,すでに井原先生が「ラボラトリーズ」(https://jsiam.org/online_magazine/lab/3903/)に寄稿されていますのでご参照下さい.iBMathは数理科学研究科のアネックス棟を研究棟として活動し,公募で選ばれた数理科学を専門とする特任准教授2名,特任助教2名,特任研究員2名が専任の研究者として参加し,DNAからRNAへの転写のメカニズムの解明と応用を目的として,分子生物学と数理科学の融合研究を行ってきました.この他にも,JST CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」,課題「細胞動態の多様性・不均一性に基づく組織構築原理の解明」(代表者,東京大学医学部,栗原裕基教授)の活動支援,カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)との教員・研究員・学生の相互交流の促進,数物フロンティア・リーディング大学院プログラム(FMSP)における学術連携ならびに社会連携を支援する社会数理先端科学の開講支援,大学院学生の研究施設ならびに企業へのインターンシップ支援,これに関連し,産業界からの課題解決ためのスタディグループの開催(年に数回),また,「社会数理先端科学I、II」の講義をオーガナイズ(FMSPのコースワーク)など,様々な活動と支援を行っています.

米国では2014年のBest JobとしてMathematicianが選ばれました.日本でも,ICT(情報通信技術)の進展とビックデータ活用の必要性に伴い,数理科学の高度な知識を必要とする研究者・技術者の需要が増加しており,数理科学を専攻する学生が,産業界の様々な分野で活躍できるチャンスが大きく拡がっています.こうした動向を踏まえ,2014年12月には,数理科学研究科の学生・若手研究者のアカデミアのみならず社会の広い分野でのキャリア形成のための支援を推進するために,ICMSにキャリア支援室が設置されました.(http://faculty.ms.u-tokyo.ac.jp/users/career/index.htmlをご覧ください.)室長の山本昌宏教授とともに,日本数学会社会連携協議会幹事の池川隆司氏がキャリアアドバイザーとして,学生・若手研究者からのさまざまな相談に対応しています.具体的な活動として,就職に関する各種の相談,インターンシップのアレンジ,キャリアパス構築のための研究集会開催,研究所訪問などがあり,学内のキャリア支援のための他部局とも連携しつつ活動を進めています.

ICMSは,数理科学研究科の教員7名で構成する運営委員会と二つの部門,学術連携部門および社会連携部門から構成されています.各々の部門には,大学院数理科学研究科とともに東京大学の他の大学院研究科の構成員も所属しています.学術連携部門は8名からなり,うち2名が専任教員(特任教授1,特任准教授1),残り6名が併任教員(教授6)です.社会連携部門は7名であり,全員併任教員(教授6,准教授1)です.ほとんどの構成員が併任教員でありICMSの活動に専念できていないことは,ICMSの一つの弱点になっています.専任の教員の雇用が困難であるのは,ICMSの運営資金が,数物フロンティア・リーディング大学院(FMSP),JSPSなどの外部資金によっていることに大きな原因があります.何らかの恒常的な財源を確保し,専任の教員を増やしICMSの活動をより活発化して行くことは今後の大きな課題です.

ICMSは活動を始めたばかりであり,残された課題も多く,課題を克服して活動の成果が現れるにはもう少し時間が必要と思います.数理科学と他分野との連携を進め広く社会に貢献するために積極的に活動を進めてゆきたいと考えていますので,どうか皆様の温かいご理解とご支援をよろしくお願い致します.